26.優しさ

 再び冬が明け温かい季節が訪れた。フォティアたちは毎年のように農園内の畑を耕しては種をまきを繰り返していった。その間も休まず毎日フォティアはアエラスじいちゃんの武術稽古を続けていた。時がたち農園は次第に緑色で染まっていくと最初に種をまいた場所から野菜が実りはじめ農園では今シーズン最初の収穫時期を迎えた。フォティアたちは翌日収穫する野菜の目星を付けてはその日の農作業を終えていた。そんなあるときの話である。いつものように早朝、フォティアはネロウと一緒にアエラスじいちゃんの農園に来ていた。じいちゃんが畑の中でしゃがんで何かを見つめていたのをネロウが気づくと、

「じいちゃん、おはよう!どうしたの?」

と聞くと、アエラスじいちゃんは、

「ここの野菜が所々なくなっとるのじゃよ。」

と言うと、フォティアも何事かと駆け寄り、

「確かに無くなっている。ここはじいちゃんと明日収穫しようねって言ってたところだ。」

と言った。アエラスじいちゃんは、

「きっと、動物がもっていったのじゃ。よいよい。」

と言って、笑っていた。しかし、フォティアはその野菜のなくなっている箇所を見てこれは明らかに人間の仕業だと分かった。それは鋭利な刃物で切ったような切り口が残っていたからである。フォティアはじいちゃんに、

「じいちゃん、これは絶対誰かが盗んだんだよ!せっかくじいちゃんが育てた野菜なのに!」

と怒って言った。アエラスじいちゃんは、

「フォティア、気にせんでええよ。」

と言いニコニコしていた。しかし、フォティアは盗んだやつが許せなかった。その夜、フォティアはじいちゃんの農園に泊まり込み、また泥棒が来るのではと見張っていた。しかし、さすがにその夜は事件のあった当日だったのか何事も無かった。また日をずらして同じように監視していたが変化はなかった。数日そんな日が続いていったが、ある明け方近くに動きがあった。フォティアはいつになく夜が明けきらない静かな早朝に一人農園に来て周りを監視していた。そのとき、何かがじいちゃんの農園に入り野菜の葉をかき分ける音が遠くでしたのである。フォティアは、

「まだこんなに暗い時間なのに何かいる!」

フォティアは静かにその音のする方向に向かった。すると、小さな明かりが農園の真ん中で灯っていたのがわずかに見えた。フォティアは気づかれないようにゆっくり近づきその様子を見に行った。

「子供だ、それも自分と同じくらいの!」

と、フォティアは心の中で呟いた。フォティアは一気にその少年に近づき、

「泥棒!」

と叫び、その少年を捕まえようとした。しかし、その少年はフォティアの捕まえようとする腕を何度も払いのけては逃げようとした。フォティアは、

「じいちゃんの野菜盗みやがって!」

と言いながらも、さらにその少年の体に飛びつき抑え込もうとした。相手の少年も、

「うるさい!こんなにあるのだから少しぐらいいいだろ!」

と言い合いになりながら格闘し始めたのである。朝日が出始め辺りが明るくなりだしたときアエラスじいちゃんがその様子を見つけ何とか取っ組み合いを沈めた。朝日が昇り切り、二人とも体中土まみれになっていた。アエラスじいちゃんは野菜泥棒の少年に、

「お腹空いておったか?いいから採った野菜は持っていきなさい。」

と優しく言った。そして、

「今度来るときは堂々と来なさい。じいちゃんたちの野菜を少ないかもしれんが分けてあげるでのう。」

と続けた。少年は野菜を持ってじいちゃんに少しうつむいた状態からわずかに頭を下げ走り去って行った。その一件からはその少年は現れなくなったのか、野菜を盗まれることがなくなりフォティアは安心していた。その日、フォティアは武術の稽古を終えた後、アエラスじいちゃんに、

「じいちゃん、もう野菜泥棒は来なくなって安心だね。でも、じいちゃんは優しいよ。盗人を許しちゃうんだから。野菜まであげて。」

と言うと、じいちゃんは、

「フォティア、盗むことは確かによくないことじゃ。じゃがな、盗みをしたことを一方的に責めても良くないのではないかな。わしはあの時あの少年にも事情があるのだと思ってのう。」

と言うと、それに対しフォティアは、

「でも、盗みは悪いと思うんだ。」

と言い放った。じいちゃんは、

「確かにお前の言うことは正論じゃな。実はなフォティア、お前には話さんかったがなあの少年は翌日の夜にわしのところに来たんじゃ。幼い弟と一緒にな。盗んだ野菜を返しに来たのじゃ。話を聞いてみると、その兄弟は遠い村に住む孤児であることが分かったのじゃがな。自分の住む村から遠いところでの泥棒ならきっと見つからないと思ってここに来たそうだ。その兄弟はフォティアと同じで母親と三人で暮らしておったが、最近母親が亡くなったそうじゃ。二人は母親の残してくれた小屋で暮らしていたが、食べるものが無くなって困っていたそうだ。」

フォティアは、思わず、

「僕と似てるね!」

と言うと、じいちゃんは、話を続けた。

「そうじゃな。じゃが、その兄弟にはお前のように働くきっかけみたいなものがなかったのじゃ。その点はお前は恵まれておる。わしは、フォティア、お前のことをその兄弟に話してな、この農園で一緒に働かんかと誘ったのじゃ。だがな、住み慣れた村で亡くなった母親の残してくれた住処でお前のように働いてみるといって帰っていったわ。もちろん返しにきた野菜は持って帰ってもらったがな。わしは盗みを罰するだけが正義ではないと思うのじゃ。この子たちのように自分の行いを見つめ直し、悔い改める人間もいるでのう。」

フォティアは、

「僕には真似できないな。やっぱり、じいちゃんは優しいよ!」

と言うとじいちゃんは、

「フォティア、お前はすでにわしなんかより十分優しい子じゃよ。じいちゃんの若いとき、とんでもない人間じゃったでのう。はっはっは!」

と、笑いながら言うと、じいちゃんは珍しく自分のことを語り始めた。