24.鬼教官

 それから数日後の早朝、軍部訓練施設のグラウンドに朝日を背にしたアエラスが立っていた。アエラスの目の前には千人ほどの訓練生が一糸乱れず整列していた。指導官は軽くアエラスの紹介をするとすぐに訓練に入っていった。しかしその日、アエラスによる指導は行われることはなかった。それは、アエラスが現状の訓練の様子を観察し訓練生たちの身体能力を見極めるためであった。そして翌日アエラスの訓練が始まったのである。アエラスは始める前に訓練生たちに、

「昨日、君たちの訓練を見せてもらったが、これからは私の指示するトレーイングを行い、根本的に体を作り変えていく。それから訓練になったら私も参加するのでついてくるように。」

と、軽く説明するなりトレーニングが開始された。まずは徹底的に体幹を鍛えた。今まで使用したことのないような筋肉を使ったトレーニングは訓練生たちに悲鳴ともいえるほどの苦痛を伴った。さらに、それら筋肉もそれぞれ制御できるようにし、その使い方を特訓した。そして、走り込みでは通常のランニングとはことなり体をねじらない特殊な走り込みをさせられた。基本トレーニングが終わると基礎的な武術の形稽古を教えられていった。しばらく、こうした初歩的なトレーニングを徐々に負荷を重くし全訓練生におこなわせ、全員がこのトレーニングに馴染んできたある日のことである。その日の早朝アエラスは、

「それでは、今日から訓練を始める。」

と、言うのである。訓練生たちはどういうことか理解できなかった。しかし、その日を境にアエラスの態度が一変し厳しい顔つきになった。アエラスは今まで行ってきたトレーニングをさらに複雑にし日に日にペースを上げていった。今までの数倍の勢いで行うのである。その訓練にはアエラスも参加した。凄まじい体幹訓練や筋肉トレーニングそして野山での走り込みを訓練生と一緒に行うのである。訓練生の中にはついていけないものがいるとアエラスの激が飛び、規定時間に基礎訓練メニューを終了しないと全体責任となりさらにトレーニングが追加されるのである。訓練生の中にはアエラスを、

「あの指導官、化け物か。俺達が何とかついていける訓練メニューを誰よりも先に難なくこなしやがる。」

とよく言っていた。しかし、それらが終わると休む間もなく武術訓練に入る。素手による攻撃の方法、攻撃からの防御や体捌きの方法、そしてそこから相手を仕留めるまでの技術など、より実践に近いかたちで武術技を学ばせた。そこでもアエラスの指導は厳しい。攻撃が悪ければ、アエラスは訓練生めがけて、

「攻撃はこうするんだ!」

と言って、直接訓練生に何度も攻撃をくらわす。また、捌き方が悪ければ、

「お前ら何だその捌きは!頭で考えるな、体で覚えろ!」

と怒鳴られ、同じくアエラスが何度も攻撃して徹底的に分かるまで捌きをさせるのだがほとんどの攻撃を訓練生は受けてしまう。当然、訓練生は体中打撲だらけになる。アエラスも手加減しての攻撃だが訓練生は攻撃を受けるたび、悶え倒れる。しかし、これらの訓練はまだ入り口でしかなかった。日に日に武術訓練は実戦に近いかたちへとエスカレートし、その厳しさは今までの訓練の比ではなかった。ときには、全訓練生を集め技術レベルごとにグループ分けする。そしてそのグループ単位で一斉に戦わせるのである。基本的に一対一の戦いを原則とし胴体が地面についたら負けというルールで最後の一人になるまで行う。早く脱落したものほどその後訓練が厳しくなる。そして、その戦いの様子をアエラスは目を光らせて監視し、真剣に行っていない訓練生を見つけるやいなやアエラスが厳しい一撃を食らわすのである。従って皆必死である。さらに、上級者訓練生ともなるとアエラスも参加し一対一で武器を使った勝負をする。アエラスは、

「私はこの訓練で命を落としても構わん。本気でかかってきなさい。」

と言い、さらに、

「決して手を抜くな殺すつもりでやりなさい。」

と付け加えた。上級訓練生の中には少し興奮するものもいた。訓練生も一つ間違えば自分も命を失うような緊張感を実際に体験させられ、生と死の間を極限まで体感させられた。その勝負にもアエラスに緩みはない。訓練生を徹底的に追い込み最後にとどめを刺す寸前でやめるが、そこに至るまでには訓練生によっては意識を失うものもいる。訓練生は殺されやしないだろうと高をくくっているととんでもないことになる。アエラスはそんなこころの動きはすぐに察知し、そのような訓練生は訓練後アエラスの死の百本投げが待っている。それはアエラスが一方的に訓練生を投げ続けるというペナルティーである。たかが百本だがアエラスの一本一本はとても重く激しい。一本投げられ地面に叩きつけられるだけでなく、さらにそこにアエラスの重みのある衝撃波は訓練生に耐えがたいほどの苦痛を与える。実際には訓練生で百本受けきったものはいない。百本どころか半分も行かないうちに失神してしまうからである。そんな訓練もアエラスにしてみたらまだ序の口でしかなかった。アエラスは父親や祖父からさらに厳しい稽古をしいられ鍛え育てられたからである。しかし、そんな厳しい訓練のためアエラスが武術指導官になってからは新人兵がめっきり減ってしまった。そこから誰が言い出したか、訓練生や現役軍人の間では鬼のアエラスの名が広まったのである。軍もこのままでは兵士が減ってしまうためアエラスに訓練を緩めるように交渉したが、アエラスとは折り合いがつかず結局アエラスは軍を去ることになったのである。

 今、フォティアの目の前にいるアエラスじいちゃんとは全くの別人かのような話だが、現実のことなのだ。