18.警報

 ウラノスはメテオラ内部に入り、子供の頃父親の操縦する乗客用メテオラのときのようにコントロール・ルーム入口へと歩いていった。そして入口のスロープを上がり半透明シールドを抜け内部に入った。コントロール・ルーム内は円錐の天井も床もほとんどが純白である。ウラノスはここに入るたび身も心も洗われる感じでとても神聖な感覚になる。真っ白な丸い床は真平で操縦場所は一見するとどこにも見当たらない。しかし、中心には歩幅ほどの丸く色が異なる場所があり、ウラノスはそこまで移動し立ち止まった。しばらくするとウラノスが立っている床の周囲だけCの字状の操作卓が上昇し、それはちょうどウラノスの腰の辺りで止まった。ウラノスはそこに軽く掌を載せ呼吸を整え浄化と上昇を始めた。この段階で上部ドッキングベイは収納され、いつでも浮上出来る状態になる。そして、円錐天井も床も含めてほぼ全て透明になり外の様子が見えるようになる。これも乗客用メテオラと同じである。ウラノスが子供の頃経験したときのように、操縦士はまるで一人で空中に浮いているかのような錯覚を起こすほど視界はすべて外の景色になるのである。

 ウラノスが問題を起こしたのは、運行前に操作卓に表示された操縦士の精神状態を示す光インディケーターを甘く見ていたところから始まった。ウラノスはしばらく浄化と上昇を行い精神状態を落ち着かせていた。僅かにこころの奥底にざわつきというかノイズのようなものを感じてはいた。ウラノスはそのノイズを消し去るために何度も集中した。しばらくしてそれが無くなった気がしたため精神状態が落ち着いたと勝手に判断し光インディケーターの確認を忘れてメテオラをドッキングベイから浮上しようとした、その瞬間である。周囲の表示装置が赤くなり警報が鳴り響いた。

「光動力エンジン始動、地上に着陸します。」

のアナウンスが自動で発せられた。メテオラが浮く前だったので光動力は作動しなかったがウラノスは思わず、

「え!」

と小さく声に出した。このときばかりは初めての出来事でとても焦った。ウラノスは緊急用バックアップの光動力エンジンが作動前には必ず警報のアナウンスが入ることは当然知っていた。しかし、何度もメテオラの操縦をしてきた中でこのような経験がなくその存在を忘れていたため、全く予期していなかったのだ。流石にこの時ばかりは動揺し、

「あ、やってしまった!」

と呟いた。ウラノスはこころのざわつきを消すのに気を取られすぎて光インディケーターを確認しなかったことにこのとき気がついた。実際、光インディケーターは消灯状態であったのである。どんなに時間がかかってもこの表示が点灯するまでは浮上は許されないがウラノスは強引に浮上させようとしたのである。これはウラノスの最初で最後の失敗であった。この出来事は父にも話した。父は、

「そうか、新人の操縦士が慣れた頃に時々おこす失敗だな。決して褒められることではないが、まあ、いい経験になったな。」

と言われた。一旦この様な問題を起こした場合、しばらくメテオラの操縦は出来ない。そして仕事は操縦以外の業務に就くことになる。実はこのときウラノスは光インディケーター未確認以前に根本の問題を考えていた。当然であるインディケーターはあくまで機体や貨物の状態から操縦士の精神状態までを目で見える形にするだけの装置である。根本的な問題はウラノス自身なのであるから。その時ウラノスが思いあたったのは、やはり昨晩と早朝の浄化と上昇を怠ったことだった。はじめから気にはしていたため、操縦士控室や短い待機時間を利用し浄化と上昇を行ったのである。そして、コントロール・ルームで再び浄化と上昇に時間をかけ、少し迷いがあったがいけると自己判断したのだ。ウラノスはこの失態で、毎朝毎晩の浄化と上昇を欠かさず行うことの大切さが身にしみて分かった。そしてメテオラ操縦士になるということは、僅かな穢も許されないのだとつくづく思った。同時に波動調整スタッフが自分の体調を確認してきた理由も理解できた。ウラノスは意識と身体の状態の自己管理ができていないことに不甲斐なさを感じたとともに自分の甘さを痛感した。そして今後は自分自身を奥深くまで観察し常に魂に穢が残らぬよう浄化と上昇を十分行っていこうと決意した。

 ウラノスがアネモイにこのエピソードを話し終わると続けて、

「このときばかりは本当に焦ったよ。もう、メテオラの操縦出来ないんじゃないかと思って。」

と話すと、アネモイは、

「でも、事故にならなくて本当に良かったわ。」

と返した。しかし、この話はウラノスが時間をかけて浄化と上昇を行わなかったことが根本の原因ではなかった。もっと長い時間、深く浄化と上昇さえしていれば回避できたことではあったかもしれないが、通常程度の時間では浄化出来ないほどの「闇」の想念がウラノスの奥の底にわずかに残っていたのである。その「闇」を残してしまった発端が前日就眠前の浄化と上昇での出来事なのである。ウラノスは昨晩の浄化上昇の最中いつもと感覚が違い、なぜか意識が遠のいていく感じになった。そして、目の前が真っ白になり、突如映像が現れたのだった。