Vol.28:緊急発進

「――MOTHER。防空システムの状況はどうだい」
 小声で手元の端末に話しかけたエメレオは、ややあって目を見開いた。
「防空システム、装置共に正常稼働……ただし、この時間帯に不自然な通過申請が一件、通っている。許可者の名前が空欄だ。つまり、不正にシステムに挿入された可能性が高い」
「何だと!?」
 少将の顔色がさらに白く激変した。

【あー、一番嫌なパターンかぁ】
 ωオメガが口を尖らせ、αアルファが溜息を吐いた。
【決まりだな、こりゃ。――どこかに裏切り者が居るぞ】
【鼠探しかー。プロファイリング対象の優先順位が変更になったぞー】
 ちらちらと目線を交わし合ったアンドロイドたちの間で、しばらくやりとりをして考えたあと、「あのぉ、ルプシー少将」とωが声を上げた。
「我々は待機でしょうか?」
「ああ――そうか、おまえたちがいたな」
 低い声は怒りを孕んでいる。このあとの展開を察して、μミュウはこっそり遠い目になった。
「喜べ、出番だ。既に上げている戦果に加えて、戦闘型アンドロイドとやらの価値を証明してこい。――ええい、政府の戦争宣言はまだか! 戦争状態に入ってもいないのに、戦いが始まるぞ!」
 
 
 *
 
 
【ωが言わなくてもこんなことになるだろうとは思ったけどさー】
【誰がどう言ったってそんなこったろうとは思ったけどさー】
γガンマφファイ、無駄口を叩くな。μ、隊列の後方に位置取りして、僕のサポートを頼めるかな。傭兵の相手をしてまだダメージが残ってるだろう?】
【うん、ありがとう】
 εイプシロンの気遣いに礼を言うと、μは少し部隊の後方へと下がった。
 
 アンドロイドたちの緊急発進スクランブルは迅速だった。
 命令が下るや否や、全員が無言で一糸乱れぬ敬礼をした。各々、武装を数秒で展開。その間に、空の各種機体の位置情報を取得、航路を決定し、航空管制に軍用機の発進と通過ルートを通知する。道を空けてもらうより、こちらが避けて飛ぶ方が遥かに速いからだ。
 浮遊準備に要した数瞬のあと――爆裂するような音と共に、二十四機は地上から遙か上空へと瞬時に舞い上がっていた。眼下で暴風に煽られて人間たちがたたらを踏んだのがちらりと見えたものの、コンマ数秒の間に目標座標を全員で確認し合ったあとは、一路、南方を目指して一気に加速した。
「エメレオ・ヴァーチン。何が陸軍特殊部隊だ――あれでは高速戦闘機だ! 空軍に『陸のカメに遅れをとるとは』と嫌味を言われるのが分かり切っているぞ!」
「ええ、どちらかというと疲れを知らないハチドリですから……よしてください、私は最善を尽くしただけだ!」
「誰がそこまでやれと言ったあああ!」
 そんなやりとりの声がしたようだが、すべて背後に置き去りにした。
 雲が多い空を突っ切り、成層圏の最も低層に近い高度を通行する。機械作りの肉体には酸素の供給は必要ない。頑丈な肉体は周囲の温度変化をものともせず、体表に展開したシールドで空気抵抗はほとんど消滅している。
 
「こちら人形部隊ドールズ。残りおよそ三百秒で現地に到着します」
『――了解した。敵艦隊は転移ゲート付近に存在すると思われる。警告後、攻撃があった場合は迎撃・交戦を認める』
「了解」
 司令部から返ってくる通信は努めて冷静であろうとしているものの、どこか困惑に満ちていた。現地までの距離は五百キロを優に超える。そこにものの十数分で到着するのである。高速戦闘機ならばともかく、通常のアンドロイドが出せるとは思えない速度なのは確かだ。――ただ、あのエメレオ・ヴァーチンが開発しているのだ、という事実だけが、すべての常識を容易く覆していく。
「――最小サイズの高速戦闘機として我々を扱ってください。」
 誰が何を言うこともなく、『普段通り』に部隊長役を買って出たεは、そんなオペレーターの困惑を読み取り、あっさりと告げた。
「音速以上の速さで無軌道に動く、常識外れの新型兵器。それぐらいの役割なら、十全にこなしてみせましょう」
『――ああ、そうさせてもらおう』
 どこか拍子抜けしたか、安心したような声色に、知らず、何人かのアンドロイドは微笑んでいた。