Vol.23:科学者危機一髪

三章:人形部隊(ドールズ)

 
 
「うわぁあああああああ!?」
 エメレオ・ヴァーチンは端的に言って詰んでいた。
 μ(ミュウ)をボコボコにしたと(おぼ)しい傭兵男の鼻を明かしてやったと悦に浸る暇もなく、いるだろうと思っていた別働隊から予想外の強襲を受けていた。
「MOTHERの支援システム、施設車には組み込まれてなかったんだねぇ!」
 叫びながら、自動運転機能をカットし、今時珍しいフル・セルフの運転でアクセルを踏みまくる。当然信号は無視、交通違反も大量に犯しているため、警告音がびーびーと鳴り響いてやかましいがそれどころではない。この前のドローンが可愛いものに思えてくるほどの武装小型ヘリの集団に追いかけ回されているのだ。緊急サイレン装置も遠慮なく起動して、半分合法半分違法の暴走逃走車両と化した施設車の寿命を少しでも延ばすべく、エメレオは次々と前方を自動運転でのんびり走る車両たちを追い越していた。

「ちくしょう、僕は運転なんて得意じゃないんだけどなぁあああああ!」
 奇跡のように、背後からヘリが撃ってくる攻撃は、自動車の堅めの防弾仕様で八割ほどは防げていた。というのは、撃たれるたびに天井が少しずつ低くなっているから、なのだが。
 そのうち僕の首縮むよねコレ、と青ざめながら、止まってしまっては一巻の終わりと、エメレオは必死の逃走劇を試みる。
『“パペット”、もう少し持ちこたえてくれ! 今そちらに応援が到着する!』
「正直、もう百秒も保たせる自信はないんだけどねぇ……」
 弱々しい答えを返す残念な天才の頭脳は、ひしゃげた天井の強度計算も何となく弾き出している。たぶんあと十数発で弾が貫通して、その次の一発で細切れ(ミンチ)になるんだろうな、と。
 その次はどうしようかなぁ、と溜息をつく。
「いくら僕が天才だからって、神さまは無茶をさせすぎだって……」
 蛮勇を振るって成功するほど反射神経が良いわけでもない。天才といえど、才能以外はてんで凡人なのだ。何だったら片付けも得意じゃない。μが訪れた部屋が綺麗だったのは、昨日死んだ護衛もとい裏切り者のパトリックがことあるごとに「片付けろこのドボケ」とどやしつけて整理整頓を担当していたからである。
 そんなことを思い出していたら、さらに嫌な音を立てて車の屋根の形が変わった。もうそろそろ駄目だなぁ、と諦観を覚えていると、フロントガラス越しに見える前方の景色に、ふわっと躍り出た影が見えた。
「――、っ!」
 エメレオはその影の正体を認めた瞬間、ブレーキを強く踏みこんだ。
 車と併走していた小型ヘリが、急制動をかけた車を一瞬背後へ置いてけぼりにし、慌てて反転。火器の銃口をこちらに向け、発砲。
 一発目がフロントガラスに着弾し、二発目が粉々にガラスを砕き、三発目は運転席に突き刺さった。
 
 ――だが、その時には、もう、エメレオの姿は車内にはない。
 
「うわぁあああああああああああああ!?」
 速度を落としたとはいえ、それなりの速さだった車から転げ落ちるように脱出していたエメレオは、ごろごろと数回無様に転がったあとで、無我夢中で携帯用のメッシュシールドを前方に向かって展開した。
(一、二発でいい! 耐えてくれ!)
 ばすんばすんと鈍い音を立てて砲撃を受け止めたシールドは、三発目であえなく決壊し、硬化した破片がエメレオの肩口をかすめていった。
「う゛っ!」
 鋭い痛みに耐えつつ、ぬるりとあふれ出る血を押さえて、エメレオは走った。
 科学者の体を、ついに無慈悲にも弾丸が粉砕しようとして――、
 
「させるものか」
 
 それを、恐るべき反応速度でたたき落としたアンドロイドがいた。
 護衛対象のエメレオと合流するべく、空中で施設車めがけて停止の手指示を出していたTYPE:ε(イプシロン)であった。
 
「イプシローーーーーーーーン!」
 感激のあまり泣き叫ぶ科学者(うみのおや)にやや呆れた目を向けつつ、εは片手間に手にしていた遠距離砲装で小型ヘリを正確無比に撃墜していく。アンドロイド二十四体のうちで好成績(トップレコード)を保持しているというのは伊達ではなかった。