Vol.17「エントの機械人間」

 アンドロイドにもフレーバーとしての個性はある。しかし、μ(ミュウ)たちほど癖や個性を発現したアンドロイドは他にはいないと、施設の技師たちから聞いたことがある。警護任務に着くタイプのアンドロイドは何度か学習訓練で見たことがあるものの、これほど強い目や覇気はもたないはずだ。μはこっそりと、男の様子をうかがった。
「――ずいぶん熱い視線をくれるな、ガール」
「!」
 口を開いた彼に、μは少し驚いた。
「気づかれてないと思ってたかい? お手本みたいな型どおりの動きだから、すぐに分かっちまったよ」

「……失礼いたしました」
 目を伏せて謝罪しながら、内心首をかしげる。喋りに妙な訛りがある。
(……アンドロイドなら訛りがあるのは妙だ……もしかして、生体の大部分を機械で代替したサイボーグ人間?)
「あの。もしかして、エントの方ですか」
 ぴゅう、と口笛が鳴った。
「正解だ。何で分かった?」
「見た目から、我が国で多く見られる人種ではないことは言わずもがな。あとは……訛り、です」
「すげぇな、少し話しただけで当てるとは。さすがシンカナウスの、いや、ヴァーチン博士の技術というべきか? どっから見ても人間にしか見えないが。……いや、やっぱおまえはアンドロイドだな、ガール。まだまだ表情が硬い」
 ニヤニヤと笑う男に、μはますます眉が寄る。――何かが嫌な男だ。得体の知れない予感を覚えて、μの体の中の温度が少し下がったような気がした。
「ドリウスだ」
 右手が差し出される。μは眉を寄せながら、渋々握手をした。
「ガール、そんなに怖い顔をするもんじゃない。俺は今でこそこんな体だが、これでもエントでは名の知れた傭兵さ」
「……傭兵の方が、どうしてこんなところに?」
「うん、そりゃ、秘密の話をしに来た高官の護衛に決まっているだろう? 分かるだろう、ガール」
 ちらりとエメレオを見る。先ほどから聞こえてくる会話の断片からすると、物騒な会合と言ったことの正体が分かる。
「……軍事演習に関する打合せが?」
「エント軍とシンカナウス軍での共同演習だ。このあたりの海で行う予定でね、今日はアンドロイドも投入しての演習が可能かどうか、技術的に相談したくて、あんたの生みの親に会いにきたって訳さ」
「……」
 エント。知識の中では、確か、シンカナウスの技術者たちと共同で兵器の軍事開発をしている国だという話だったが。こんなところで打ち合わせ?
 それにしても、さっきから何かがぴりぴりとする。首の後ろを灼くような、何かが。
「μ」
 エメレオがこちらを呼ぶ声がした。
「ちょっと実地で現場を見ないといけなくなってね。海沿いの三十四番基地まで移動するそうだ。来てくれるかい」
「――はい、ただいま」
 結局、首のちりちりとした違和感の正体は分からぬまま、μはエメレオに追従しようとして――
 
 
「――待て」
「へぇ、まさか止められるとは思わなかった」
 
 
 エメレオの背へ伸ばされた、ドリウスの手をつかんでいた。体の陰に隠れて見えないが、空気中に漂うのは、即効性の薬剤の成分だ。人間の意識を数秒で刈り取るには十分な代物である。
 何を言うこともなく、μは素早くドリウスを投げ飛ばした。役人だといったグループの視界や動きを制限できれば、それでいい。
「ミュ――ぐほっ」
「行きますよ、博士」
 ぽかんとしている間抜け顔の優男の腹に、肘をひっかけて抱え上げる。
「ごふっ、ちょ、いいところに入ったんだけ――」
「舌噛んで死にたいならしゃべって良いですよ」
「ごめん」
 鉄製の脚のテーブルを磁力で浮かせ、さらに周囲を撹乱。豪速でホールのガラスにぶつけた。派手な音をたててガラスが弾け飛ぶ。破片の雨を追い越して吹き散らすように突っ切ると、遠隔で発進信号を送信しておいた車がやってきた。その中に、開いたルーフの上からエメレオを(できる限り力加減をして)突っ込んだ。
 シートの上でもんどり打って転がるエメレオに言い放つ。
「――逃げてください、博士。どうやらエントはあなたの身柄が欲しいみたいです」
「ああ、知ってる」
 μが片眉を上げると、息を整えていたエメレオは苦笑した。
「十年来の友人兼護衛に、向こうへの亡命を打診されてね。僕は嫌だと言ったら、殺されかけて、逃げたんだ」
 ああ、だから。それで昨夜、彼は急いでやってきて、MOTHERに助けてほしいと言ったのだ。事情を漠然と察しながら、μは一言だけ発した。
「――ご愁傷様です」
 ルーフを閉めると、μは振り向いた。車が慌ただしく発進するのを背にして、突っ込んできたドリウスの重い突進を受け止める。およそ人間が発揮できる速度ではない。ガン!と鐘楼を割るような金属音が辺りに鳴り響いた。
「けっ、無傷かよ。大層丈夫な体してんじゃねぇか。こちとら十数年改造を重ね、Gにも衝撃にも強くしたってのによ。たった数年で開発されたアンドロイドに先を超されちゃ、俺の体が泣いちまわぁ」
「……あなたの苦労話なんか知ったことじゃない……!」
 受け止めた腕がぎちぎちと軋みを上げた。機械化されているせいか、出力だけならアンドロイドにも迫る勢いだ。
「つれねぇなぁ、ガール。若いんだから、ちったぁおっさんの話に付き合ってくれや――なァ!」
 吼えるような笑い声。それが開戦の合図となった。