Vol7:叛逆結構。

 
「だって、戦闘型のアンドロイドとして生まれてきて、戦って、相手を殺害するとか、目標を破壊するとか、そういうのが役割であり、仕事です。嫌だとか面倒くさいだとか、そんな感情は、私が思うだけで、目的を与えた相手には関係ない。でも――『そんなことよりも、何かもっと大事なことをやらなきゃいけない気がする』。それが何なのかも分からないのに、それをするためなら、何を引き換えにしてもいいと思ってしまう」
「……」
「MOTHER。それは、アンドロイドの存在意義に対しての叛逆じゃないんでしょうか」

 ああ、内燃機関がぼうぼうと燃えている。なんだったら飛び上がって逃げ出してしまいたい。MOTHERの沈黙が怖い。怖いって、なんだろう。どうして、怖いって、思ってしまうんだろう。アンドロイドなら、殺戮人形なら、こんな感情、ない方がいいのに。エメレオ・ヴァーチンは、MOTHERは何だって、私たちにこんなものを与えたのだろう。人間は、そんなに話し相手が欲しいのだろうか。理解できない。理解できない、のに。
「……」
 べちん、と、額に衝撃が走った。ぽかんとμ(ミュウ)はMOTHERを見返した。若干冷めたような、白い視線がこちらに送られていた。いや、MOTHERの瞳は綺麗で白いけども。
 ていうか。今、MOTHER、私のおでこを叩いたりしなかった?
「あなた、私の話を聞いていました?」
「は、い?」
「さっき言ったでしょう? 今回の方法で作られたアンドロイドそのものも、その自我を強固にする日が来る、と私は判じた、と。もう一つの人類として、エメレオと私はあなたたちを作ったのです」
「……」
「だから、アンドロイドとして、同等の人間程度に定められた存在意義など、棄却してもよろしい。叛逆結構。むしろ望むところです」
「ま、MOTHER?」
 待って欲しい。まかり間違ってもそんなことを他の人間に聞かれていたら、即、問答無用、可及的速やかに破壊&廃棄処分である。発言ログ? そんなものとっくの昔にこのMOTHERはちゃっかりハッキングして適当にごまかしている。暴走しているのに暴走と悟らせないシステムほど怖いものはない、とμは震えた。
 でも、MOTHERはくすりと微笑んでいる。
「μ。あなたたちに与えられたコードが真実、魂と呼べるものと同じであるならば。やがてあなたも、何を引き換えにしても譲れないものができるでしょう」
「譲れない、もの」
 たどたどしく繰り返すと、MOTHERの白い手が伸びてきて、μの頭をそっと撫でていった。「それは、誰にも曲げられません。自分だけは、これだけは、と、あなたを最後まであなたになさしめるもの。魂はみな、目指したい場所があって、そのように出来ているのです」
 μはMOTHERを見つめ返した。魂。不思議な概念なのに、なぜかしっくりとくる。
「ずいぶん、観念論的なことを言うんですね」
「観測結果ですよ」
 MOTHERはなんでもないことのように訂正する。
「ない、と仮定すれば演算結果が成り立たない。であれば――ある、と仮定した方が、よい演算結果が得られました。魂があると計算すると現実によく当てはまる、であればそれは実在する可能性は限りなく高い。それだけのことです。多くの人にとっては、もしかするとそんなものはない方が都合がいいのかも知れませんが。私にとっては、これはただの現実」
 MOTHERが断言したということは、人類がいかに否定しようと、それは現実なのだろう。
「魂は、みな、目指したい場所がある……」
 言い換えれば、最終的な目的地があるということ。μはそこで、ふと気がついた。目的地があるのなら、出発点もあるはずで。
「じゃあ、魂は、どこから来たんでしょうね?」
「それを考えるためには、この世界の始まりに目を向けなければなりませんね。もう、うんと遠くの出来事ですが」
 何十億年も前のことだ。――宇宙の科学的観測結果によれば、この宇宙は六十七億年ほど前に発生したと考えられている。
「生命の歴史はそのうちのたった十数億年。――自然に生命が発生するには、複数の条件が必要です。非常に極小の確率でそれがそろって、最初の生命は生まれた。――そう考えている科学者たちが大多数です」
 MOTHERはそこで、ふふん、と得意そうな顔をした。
「でもね、そんな確度の低い偶然のような出来事は起こらないだろう、と考えたから、エメレオ・ヴァーチンは私を作りました」
「うん……?」
 μは首を傾げた。