「TYPE:μ(ミュウ)。いい夜ですね。また星を見に来たの?」
「ええ、まぁ」
生返事を返しながら、μはMOTHERの隣に座り込んだ。
「……今日も、ゼムの長い話を聞いてうんざりしました。もっと語りたいことがたくさんあるんでしょうけど、もう少し簡潔に話せばいいのに。わかりにくいし、時間がもったいない」
μの愚痴に、MOTHERはころころと笑ってみせる。
「絶対嫌ですけど? MOTHER、私は戦闘型ですけど、叶うことなら話に聞く苛烈な戦場よりは、平和な町でのんびりと他のアンドロイドみたいに仕事をしてみたいんです」
「いいえ、絶対に向いていません」
「ええ?」
やんわりと厳しい断定に、μはへにゃりと表情を困惑のものに作り替えた。
「あなたはどちらかといえば、満足に休む暇もないほどの連続連戦でも戦い続けられるTYPEとして選んでいるので」
「……」
まさかそんな。目を剥いて見つめ返すμに向かって、穏やかにMOTHERは微笑み続ける。「――自分のコードが気になりますか、TYPE:μ」
「!」
アンドロイドたちの会話は、基本的には放任されているとはいえ、MOTHERにも共有されている。全体のデータは知ろうとすれば知れるのだ。
びくっと肩を揺らすと、MOTHERは口元の微笑みはそのままに、透徹した目でμを見据えた。
「あなたがたのソウルコードがブラックボックス化されているのは、研究者に余計な先入観を与えないのも理由ですが、もう一つ。――あなたたち自身の在り方を、成長途上の段階でこうだと定めて固定したくないからです」
MOTHERの声は柔らかい。
「μ、あなたたちはソウルコードを刻まれたものとして、ある種のもう一つの人類として作られています。壊れるまで成長を続け、完成することはありません。人間が死ぬまで完成しないのと一緒です。だけど、人間の精神はある段階からさほど中核が変わらなくなる瞬間が訪れる。――その中核が定まるまでの期間を、私はブラックボックス化の期間と同じにしたのですよ。魂が人間と同じであるならば、きっと、今回の方法で作られたアンドロイドそのものも、その自我を強固にする日が来ると判じたのです」
「それは――MOTHER。他の解錠符号の所持者には……」
「秘密ですよ? エメレオなら見抜いているかもしれませんが」
悪戯っぽい表情を浮かべ、MOTHERは人差し指を唇に当てた。ですよね、とμは項垂れた。 ――MOTHERのこの癖のある動きを作ったのは、昼間にゼムが何気なく口にした認知科学者、エメレオ・ヴァーチンという男だ。天才の名を恣(ほしいまま)にする彼は、認知科学だけでなく、ソウルコード研究の第一人者でもある。それも元はといえば、アンドロイドの人格アルゴリズムの構築に大いに寄与するほどの『変態的』な技術職から発展したのだという。そんな説明を最初に聞いた時から、絶対に変人だ近寄らないでおこう、とμは決意したが。
MOTHERを利用する人々曰く、仕事や演算結果は確かだが、黙っていくつかの事案を裏で同時進行するという悪癖があるらしい。ただし、エメレオが彼女に与えた原初使命(プライマリオーダー)は「善きものであれ」、そして「文明の礎たれ」。その善性と目的の発露ゆえに、戦略演算システムであるMOTHERのやること、つまり計算結果は、最終的には善いものとして顕在化するという実績がある。
この悪癖、不確定要素にもほどがあるが、エメレオの功績も大きい故に政治的に潰しにくく、そして実際に便利であり、悪い結果にはとりあえずなっていない、という、責任者が頭を抱える仕上がりになっていた。
「MOTHER。私が気になっているのは、自分のソウルコードが何なのか、というよりは……私は、何なのか、ってことなんです」
「と、いいますと?」
MOTHERはおっとりと首を傾げてみせた。
「私は――アンドロイドです。戦闘型で、でもどっちかといえば面倒くさがりで、臆病で、雑で、引っ込み思案です」
μは自分を定義する言葉を並べ立てて見せた。
「でも、それだけじゃ説明がつかない、収まらない感情が発生している。なんだか、ものすごく……それが怖いんです」
「怖い」
「はい。私は、私が理解できない。他のアンドロイドたちは、それを疑問にも思っていないみたいで。……私は、おかしいんです」
きっと、自分には欠陥がある。ソウルコードには、人類には、たぶん、バグがある。そうとしか思えない。