あるとき宙美が、
「あなた、最近よく考え事してるようだけど?」
と言われた。確かに私は交通事故から復帰後、家にいても考え事をすることが多くなっていた。宙美には、
「ここんところずっと、人生について考えるんだ。難しいテーマだけどね。
それと、先日、不思議なことがあって、そのことがさらに拍車をかけていると思うんだ。」
と古本屋での出来事を話した。ただ、古本屋の店主が私との交通事故の相手であったことは伏せて話した。
「不思議なことがあるのね。」
と宙美は言って特に私の話を否定しなかった。私は古本屋で立ち読みした古本に書かれていた内容を宙美に教えると、宙美は、
「私、そういう精神性の話って好きよ。本当の生きる目的っていうのか、世の中の人たちの殆どがきっと分かっていないと思うの。それはそうよね。生活の中でそんなこと考えている時間がないんですもの。目の前にあることに精一杯で。
たとえ暇があっても自分の見栄や欲望、特にお金のことや趣味や娯楽ばかりに目を向けてしまうのよね。自分の内よりも外の事ばかりに夢中になってて、もっと自分自身の内面について深く考えないといけないんじゃないかな。
でも、私も他人様のこと言えないけどね。」
私は、宙美が自分と同じようなことを考えていることが意外だった。何か本やインターネットなどを読んだり聞いたりしてそう思ったのか確認したが、そうではなかった。宙美は、ただ、思ったことを口にしただけだという。そして宙美は、
「私ね、あなたが交通事故でしばらく意識不明だったときはすごく落ち込んで生きた心地がしなくて何も考えられなかった。愛する人が目の前で死ぬかもしれない状況に立ち会うのは想像できないかもしれないけど、とても辛くて辛くて言葉にならないのよ。
でも、あなたが意識を取り戻して普通に会話が出来たときは嬉しすぎて私すごい勢いで泣いちゃったでしょ。でもね、それ以来ずっと考えていたのよ、と言うより真剣に考えさせられたわ、「生」と「死」について。」
宙美は続けて、
「私、小学校の教師しているでしょ。あなたが事故から復帰後、自分で子供たちを教えていながら今の教育に何か大切なことが欠落しているように感じてたの。それで思ったわ、もっと多くの子供に人生について例えば「生きる目的」とか「人間とは自分とは何か」などを深く考えさせるべきではないかなとね。授業には命の大切さとか道徳を教える時間はもちろんあるけど、それよりもっと根本的なことを知る必要があると思ったの。それを知れば、ある意味道徳などは必要ないのかもしれないわね。極端な話だけど。
でも、私も含めてまともに教壇の上でそういうことを子供たちと話し合える教師はいないんじゃないかな。それにそんな話ができても保護者に何言われるか分からないし。そういう意味ではまず親から教育しないといけないのかもしれないけど。本来これって親が教えることのような気もするし。」
と話した。私も宙美の考えに同感だった。まさにその通りだと思った。宙美はさらに話を進めた。
「それとね、教師の教え方にもずいぶん前から違和感があって自分の子供の頃をよく思い出してたわ。
私だけかもしれないけど、授業では先生に教えられたことに対して何か実感がわかなくて、何て言うかほとんどが受け身で機械的に頭に記憶するものが多くて何に役立つのかもよく分からず勉強していた気がするの。決してその教え方を否定しているわけじゃないけど、ただ、沢山のことを覚えさせられるよりも、最小限のことだけ教えてその中から興味があることを各自でもっと掘り下げて自分で考えて行動を起こして実戦で学んでいく教育だと身につくんじゃないかな。その方が得意な分野や好きな分野を伸ばせるし。これは私の勝手な独り言だけどね。」
私は宙美の話に対して、
「僕も入院中は教育についても考えていたから宙美の話はよくわかるよ。
でも、なにか不思議と宙美とは随分昔にこういう会話をしていたような気がするんだよな。」
と応えた。
お互い、私の交通事故をきっかけに意識に変化が生じたのか、会話の話題が変わっていた。
その後も私達夫婦はよく精神や意識、または人間社会のことなどあれこれ会話するようになった。
ある休日、宙美を乗せて自動車で出かけたときの移動中でのことである。
私は宙美に、
「最近分かったんだけど、宙美が乗っているときに運転するとなぜかとても安心して運転できるんだ。」
と話しかけた。宙美は、
「私もあなたの運転する自動車だととてもリラックスして乗ってられるのよ。
私、乗り物酔い激しいでしょ。でもあなたの運転はぜったい酔わないのよね、不思議と。
私ね、子供の頃、あなたが運転する乗り物に乗ってる夢をよく見てたのよ。変わった夢だったわよ。あなたと私とで運転しているの。変でしょ!」
そう言われたが、実は私は基本的に自動車の運転が好きではなかった。それは私が交通事故に巻き込まれたからではないが、嫌いになってきたのは事故後からだ。
空いてる道を運転するのは嫌いではないが、他の車両が後続にあると何故か相手の運転手の意識が伝わってくるのが嫌だった。自己中心的な運転手の意識が感じられるとそれが刺すように伝わり気を使い疲れるのである。
私は宙美が乗っていると意識が宙美に向かっているからか周りの運転手が気にならないのだろうと考えていた。
なぜか私達夫婦は精神面で補完しあっているような、そんな気がした。
