80.因縁

 私は不動産屋店主に無理言って隣の店舗内を見せてもらったが中は空だった。
私は、

「確かに、何もないですね。ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした。」

と言うと不動産屋店主が、

「ここの古書店の店主、今年交通事故で亡くなってね。
先々月、家族の方が私のところにきて店舗の契約解除と店舗内の古本など引き取ってもらったんですわ。まだ、壁の棚はそのままですがね。」

と教えてくれた。私は店舗を開けて頂いたことに再度お礼を言ってその場を立ち去った。その後、私は帰宅すると宙美から、

「あなた、この間の交通事故の相手の方のご家族から電話があったわよ。
来週末に家に伺いたいって。」

と言われた。私は宙美から言われた親族の苗字に聞き覚えがあった。それはまさにさきほど不動産屋店主の会話の中で出てきた古本屋店主の名と同じだったからだ。よくある苗字なので私は気にもしていなかった。しかし、翌朝、もしやと思い、昨日伺った不動産屋の連絡先を調べ古本屋店主の名前をフルネームで教えて頂いた。そして、事故証明書に記載されている名前と比較したのだ。私は、

「まさか!どうして!」

と声に出した。
私と交通事故を起こした相手が古本屋の店主だったのである。私は、一瞬鳥肌が立ち少し気味が悪かったが心の中で、

「どういう因縁か分からないが、なんという偶然だ。
それにこのタイミングは。」

と思いながらも、ふと気がついた。

「もしかしたら親族の方が店の古本をまだ持っているかもしれない。」

と。不謹慎ではあったがあの本を入手できるかもしれないと思ったのだ。私は、こちらから親族宅に伺って、古本の行方を尋ねてみようと考えた。宙美から教えてもらった親族宅の連絡先に電話をし都合の良いときにこちらから伺いたい旨を伝えた。相手側からは、その日であればいつ来ていただいても構わないということで、私は時間を決めて伺うことになった。

 そしてその日、親族宅に向かった。そこは少し丘のように坂が多く、戸建ての高級住宅が多い地区で親族宅もその中にあった。目的地に着くと、そこには二、三台の車両は入るであろうガレージがあり家の周りは塀で囲まれところどころ庭木を覗かせていた。私はあまりの豪邸で少し緊張気味にも親族宅に入るや否や、

「この度の事故の件は、大変申し訳ございませんでした。こちらから伺うべきところをわざわざご足労頂き大変ありがとうございます。」

と親族の方が深く頭を下げて出迎えてくれた。その方は故人の実の息子さんで私の父とそれほど変わらない年齢にみえた。私は、

「もう、済んだことですのでお気になさらないでください。本日はお父様のお参りもと思いまして伺わせていただきました。」

と言って、お供え物をお渡しした。そして仏間に招かれた私は仏壇の前で一礼し、故人の写真と位牌を前にお参りを済ませた。
 故人の息子さんとは少し事故後の話をし怪我については後遺症もなく全く問題なく生活を送っていることなどを伝え安心していただいた。その後、私は故人の古本屋のことを切り出した。

「不躾なことを伺いますが、お父様は生前、駅前のアーケード街で古本屋を経営されていたとお聞きしましたが、私、以前そちらに伺ったことがあるんです。」

と話しながら、実際はすでにその時にはお店は廃業しており何もない店内での不思議な出来事なのである。私は会話しながら何か矛盾したような内容に変なこと言っている気がしてきた。しかし、確かにその店に入ったのだ。そして、ある一冊の本を手に取り見ているのである。息子さんは、

「そうでらっしゃいましたか。父は本好きが高じて会社役員を引退後趣味で古本屋を立ち上げたんです。」

私は透かさず、

「ところで、お父様のお店の古本はご親族側で引き取られたと伺いましたが。」

と確認してみた。息子さんからは、

「本はすべて私どもで引き取ってまだ保管しておりますが。」

と言われ私は、

「実は、お父様のお店で一冊ほしい本があったのですが、まだお持ちでないかと思いまして...」

と本の題名が分からなかったため、その本の大きさや厚みや色や置かれていた場所などで説明したが息子さんは、

「申し訳ございません。古本についてはただ引き取っただけでどのような本があるのかは知らないんです。もしよろしければ保管している古本を見ていかれますか。お探しの本があるようでしたら差し上げますのでぜひお持ち帰り下さい。他にも気になる本があるようでしたらどうぞ。無償で差し上げます。」

と言われ、少し嬉しかった。
私は、この家の庭のすみにある物置に案内された。息子さんは、

「今は、ここの物置内で保管しております。段ボールにして約二十箱ございます。ご自由に外に出してご確認下さい。」

と言われ、早速私は数時間かけて段ボールを開封しては中身を一冊一冊確かめていった。しかし、あのときの古本が見つからないのである。何度か確かめたが無いのだ。私はあの時酔っていたのだろうかと自分を疑いはじめた。そうこうしているうちに日も暮れはじめ私は探すのを諦め、息子さんにお礼を言って帰ることにした。私はネット上で検索すればそれらしい本がきっと見つかるのではと軽く考えていた。私は帰宅後早速古書検索サイトでキーワードを入力しそれらしい古本がヒットしないか検索してみたが、そのような本は全く該当しなかった。私はあのとき題名などもっと特定できる情報を確認しておけばよかったと後悔し、結局古本のことは諦めた。しかし、あのときに読んだ古本の内容は自分にとってとても大きなインパクトを与えたのだ。

「人間という身体を持った存在の間しか、精神は成長しない...
...死後、その結果が問われる」

 もしかしたら、自分の中で思っていた「何のために生きているのだろう」という疑問に対する答えなのかもしれないと直感した。
 なぜか事故で意識不明中に見ていた夢の内容ともリンクしているように感じた。私は入院中に体が回復するにしたがい夢の記憶は徐々に薄れていき今はほとんど思い出せないが、何か精神というものについてとても深く学んでいたことを何となく思い出した。