この病院のデイルームは七階にあり、南面が一面ガラス張りのためとても明るく眺めもよい。私はテレビを視聴しなくなってからはここから外をよく眺めていた。その時は必ずこの部屋に備え付けの給湯器で作った珈琲を飲みながら。
ガラス越しに地上を見下ろすとちょうど大通りが病院の敷地に沿って走っている。その道路は中央分離帯があり片側二車線で私は何も考えずただ行きかうさまざまなタイプの自動車を追っていた。道路と歩道の間には車道にまで張り出した街路樹が等間隔に植えられている。その木々は葉をいっぱいに茂らせその下を若者から年寄り、ビジネスマンから子供連れのお母さん、いろんな人が行き交っているのが木々の隙間から見えていた。今は初夏で皆日差しを避けるため木陰の下を選んで歩いている様子が見て取れた。私は、ビジネスマンが汗を拭きながら歩いているのを見ながら、
「猛暑の中、スーツで営業周りかな。自分もあんな感じだったかな。」
と、他人事のように呟いていた。と同時に入院中である自分が社会から離れていることに何か不安感というか焦燥感のようなものを感じていた。人が働いているのに病院でじっとしていることが何かこの社会から切り離されてしまったという不安と世の中の人々に申し訳ないという罪悪感といったところだろうか。私は、
「今まで働きすぎてたから、あまりのギャップでそう感じるのかもしれないな。」
と自分に言い聞かせていた。
しかし、こういう不安感も宙美や私の両親、親類や友人がお見舞いにくると忘れてしまうのである。特に宙美の姉がお見舞いに来ると場が明るくなり元気をもらえる。
まだリハビリが始まる前のことである。お見舞いに来た義姉は病室に入るや否や笑いながら、
「コウ(光)ちゃん、元気!
すっかり坊主になって、すごい似合ってるわよ!」
と私をいじり始める。頭蓋骨の骨折箇所の接合も順調に進み包帯も取れ、私の頭は丸坊主状態なのだ。宙美が、
「もう!
病院なんだから静かにしてよ!」
と言うと義姉は、
「コウちゃん聞いてよ。
コウちゃんが病院に運ばれてから、宙美ったら毎日何度も泣きながら私に電話してきたのよ!
私はコウちゃんならぜったい大丈夫って何度も慰めて大変だったわ!」
と話すと宙美は、
「そんな話し、もういいでしょ!
自分だって最初病院に来た時は、わんわん泣いてたくせに。」
などと言い返していた。私と宙美姉妹とは幼馴染で義姉とも長い付き合いなので何でも遠慮なく話す間柄なのだ。そんなやり取りはよくある姉妹であったが、話が尽きると義姉は、
「でも、本当によかったわ、元気になって!」
と私に言ってくれた。こんな他愛のない会話が自分に元気をくれた。人は一人では生きていけないとはよく言うが、それは物質面だけでなく精神面でも言えることだと思った。むしろそちらの方が大きいのだということがよく分かった。何か言葉でうまく言えないが、これが「愛」と言うものなのかなとも感じた。
そんな天真爛漫に見える義姉だが、後日義母から内緒で聞いた話では、義姉は毎日神社に行っては私が回復するようにとずっと祈願していたそうだ。そして、今も毎日神社にお礼参りをしているという。私はこの話を聞いたとき少し涙が出て義姉に心底感謝した。そして自分を思ってくれる人がこんなにいることにとても感謝したと同時に自分は一人ではないとつくづく感じた。
後日談だが、私は義姉が祈願していた神社に退院報告を兼ねて宙美とお礼参りに行ったことがあった。その神社は実家からも近く子供の頃は近所の友達や宙美姉妹ともよく遊んだなじみの神社なのだ。大きな神社ではないが社務所もあり宮司や神職が常駐している。実は私たち夫婦はここで神前結婚を執り行った経緯のある神社なのである。
そんな思い出深い神社でのお礼参りでちょっとした不思議な出来事があった。
それは、本殿で宙美と参拝しているときのことである。二人でお賽銭にお金を入れ、二礼したのち二拍手のため掌を合わせた。私の視線は本殿の中に向けていたが同時に合わせていた両手も視界に入っていた。そして二拍手をした。その時、柏手を打つたび両手の合わさった隙間から光の筋が放射されるのを見たのである。例えるなら、両掌に石灰でも付けて柏手を打つと合わさった手の隙間から白い粉が吹き出るのが想像つくが、まさにそれが金色のような沢山の光の細い筋だった。柏手を打っている時は光が放たれているのを驚きもせず冷静に観察していたが、打ち終わると思わず、
「あ!」
と小さく声に出し自分の掌を確認した。しかし特に何もついていなかった。参拝前に手水社で手を清めたばかりなので汚れていないはずなのだ。私はすぐに気を取り直して、
「無事退院することが出来ました。ありがとうございました。」
と神様にお礼を言って深く一礼し参拝を済ませた。再び私は気になって両掌を確認したがやはり何も付いていなかった。私は少し首をかしげながら、よくわからないが不思議なことがあるものだとだけ思った。しかしこの頃からだろうか、不思議な出来事が時々起こっていったのだ。
