翌日から約束通り宙美は仕事帰りに必ず面会に来てくれた。宙美は病室に入るたび私の元気そうな顔をみてはホッとしていたが、私も宙美の顔を見る度なぜか安心した。しかし、ベッドの上で一人の時間を持て余しているときは、ずっと七日間意識の無かったときに見ていた夢のことを思い出していた。私は思い出すたび、
「不思議な夢だったな。
人間の転生というのは、ああいうものを言うのだろうか?」
と考えていた。しかし、なぜか日に日に夢の内容が記憶から消えていくのも感じていた。私は、
「人間とはいったい何なのだろうか。」
と生まれて初めて考え始めた。私は事故に巻き込まれたが一命はとりとめた。しかし、死んでもおかしくない大事故である。死んだらそこで人生は終わってしまう。生きていたら経験できたであろうことがすべて無くなるのだ。そして
「死んだら人間はどうなるのだろうか?」
ということも同時に考え始めた。
私のこれまでの人生はまったく型にはまったものだった。皆と同じように学校に通い同じことを勉強し、親や教師たちが引く進路にそって進んでいく。親は子供に将来出来る限りよい生活ができるように良い教育、良い学校に進ませようとし、そして社会人となっていく。そうやって育った平均的で平凡な人間、つまりその私はいったい何なのだ。これまではまったく不自由せず生きてこられたが、それで良かったのだろうか。時間を持て余していた私は、「生」と「死」について考え続けていた。
ある時会社の同僚が仕事の合間にお見舞いにきてくれた。私は中堅の建設会社の営業部に所属するサラリーマンだが、その同僚は病室に入ってくると、
「光太郎、どうだ怪我の具合は!
会社じゃ皆えらい騒ぎだったんだぞ!」
と話してきた。私は、
「お!今のところ包帯で所々固定されているけど生きてるよ。
まだ、頭部と腕の骨折箇所の痛みは薬で止めているから何とか耐えられるけどな。」
と返すと同僚は、
「しかし、事故の話を聞いたときはすごいショックだったんだぞ!
俺なんかしばらくまともに食事もできなかったんだぜ!
お前が意識不明のときは営業部長や人事の人間が毎日この病院にお前の様子を見に来ててさ、光太郎の意識が戻ったとの知らせを聞いたときは本当に嬉しかったよ。
早く退院してまた飲みに行こうぜ。」
と言ってくれた、私は、
「昨日、人事部長がお見舞いに来て少し話をしたよ。
退院したら事故時の詳しい話を聞かせてくれとは言ってたがな。
ところでさ、俺の仕事どうなってる?」
と聞いた。同僚から、
「お前、そんなことどうでもいいから今は仕事のことは全部忘れろ。
光太郎の担当の顧客は皆で手分けして何とか回しているから安心しろ。
お前大変だったもんな仕事抱え込んで働き詰めだったから、この機会にゆっくり身体を休めろよ。」
と返された。そうだ、私が交通事故にあった日も一日中得意先を回っていたことを思い出した。そのうちの半分近くが現場での問題処理で駆け回っていたのだ。その最中の事故である。相手の過失とは言え、あの時の自分は精神的に追い込まれていたことを思い出してきた。毎日毎日同じような仕事で駆けずり回り、今のように落ち着いて考える暇などなかった。私は、同僚に、
「お前さ、今の仕事楽しいか?」
と聞くと、同僚は、
「なわけないだろ。
多分、光太郎と一緒だよ。
俺の場合は、毎日家族のために働いて休みになれば子供の相手か家族サービスしてさ、たまに客先との接待につきあわされることもあるけどな。
自分は何やっているんだと時々我に返る時があるさ。俺も入院でもして休養したいよ!」
と話した。私は、
「馬鹿言うな。
お前には沢山守るものがあるのだからめったなこと言うなよ。」
と言ったが、確かにこいつには私とは違った意味で自分を見つめる時間がない。ゆっくり自分のことを考える余裕はなく長いものに撒かれているかのごとく生活を毎日繰り返しているのは事実だ。私は、
「でも確かにお前のところは子供が多いから俺なんかよりもずっと大変なんだろうな。」
と続けて言った。私には子供がいないため同僚の苦労は正直実感できないが、そんな気がしたのだ。同僚は、
「子供を育てるのは大変だぞ!
言うこと聞かねえし、駄々をこねるし、家のものは壊すし、散らかすし、いつまでも動き回って凄いエネルギーなんだぞ、子供って。
肉体的にも精神的にも参るよ。
でも、無邪気で甘えてくるし、本当にかわいいんだぜ。
そこに癒されて、それが活力になるんだけどな。」
と話してきた。私は頭の中で同僚の言っていることを想像しながら、
「親は子供を育てるのは当然だが、逆に親も子供に育てられているのかもしれないな。親は子供から精神面でかなりのストレスをうけが、自分の子供だけに我慢しないといけない場合もあるだろうし、子供の過ちや間違いを正しく教えなくてはならない場合もあるだろう。そして、親自身もまともな親ならばそれを実行し見本とならなくてはならない。これを一般に子は親を見て育つと言うのだろうが、逆に親も子供のお陰で精神面を鍛えられて成長しているのかもな。まさに相乗効果かな。
すべてに当てはまる話ではないが大概の親はそんなところではないだろうか。」
と考えていると、
「かみさんも怖いしな。」
と同僚は小声で付け加えた。私は、
「そうか、悪かったな変なこと聞いて。」
とだけ言った。私は皆自分の生活を守ることで精一杯なのだなとつくづく思った。
同僚は、
「じゃー、会社で待ってるからな!
これ、営業部のみんなからだ!」
と言って、お見舞いのフルーツ詰め合わせを置いて仕事に戻っていった。