74.目覚め

 突然、私の意識に肉体の感覚が蘇った。

「身体の感覚がある。」

私はさっきまで光の中にいたはずだったが、何が起きたか分からなかった。

「いったいどうなっているんだ?」

私はゆっくりと目を開けた。徐々に視界がはっきりしてくると、私は深い眠りから目が覚めたのだということが理解できた。とても長い間眠っていたみたいだった。

「光太郎(コウタロウ)さん!光太郎さん!」

人の声が聞こえてきた。私は頭の中も少しずつ意識がはっきりしてくると妻の宙美(ユミ)が私の名前を呼び続けているのだと分かった。私はしばらく何処にいるのか分からず少し混乱していたが、自分がベッドに寝かされていることや周りにある機材が目に入り病院の一室であることがわかった。

「なんで、ここにいるんだ?」

と私は思った。私は家を出て会社に向かったところまでは思い出せるがそれ以後の記憶がなく今ある状況に繋がらないことに少し困惑していた。妻が私を見つめながらひたすら声をかけていた。私は自分の頭部が締め付けられている感覚から何か巻かれているようだと分かった。右腕は固められているようで上がらないし感覚が無い。しかし、足は痛みがあるが動くようだった。
 近くにいた看護師らしき女性が、私が目を覚ましたことに気が付き医師を呼びに向かうのが分かった。医師が駆けつけると話しかけてきた。

「私の声が聞こえていますか?
聞こえているようでしたら左手で何か合図してみてください。」

と話しかけた。私が左手を軽く動かすと、医師は人差し指を私の目元に持ってきた。

「宮本さん、この指が見えますか。この指を追ってみて下さい。」

と言うので、私はその指に視線を向け左右に動く指を追った。医師は、

「今のところ視力、聴力に大きなダメージはなさそうですね。」

と言うと続けて、

「宮本さん、自動車事故にあったことを覚えてますか?」

と話してきた。長い間夢をみていたようで、夢の中の出来事からなかなか思考が切り替わらない感じだった。とてもリアリティーのある夢だったからだ。しばらくして、私は自動車で交通事故に巻き込まれたことを徐々に思い出してきた。
 私は運転中、見通しの悪い右コーナーを曲がろうとしたとき対向車がこちらの車線に大きく膨らんできた瞬間を覚えている。そして正面衝突した衝撃音とエアーバックの破裂音までは記憶がある。私は医師に向かって左手を再び動かした。意識がはっきりとしていることを確認した医師は、

「宮本さん、あなたは約七日間昏睡状態だったんです。今のところ、心電図に異常はなく、呼吸器系、内臓、血圧は正常です。両足は軽い怪我をしてますが、右腕複雑骨折と頭部外傷しております。頭部に強い衝撃があるので脳内の損傷の可能性からCT、MRI解析はすでに行いましたが、再度精密検査致します。しばらくしたら検査いたしますので安静にしていてください。」

とゆっくりとした口調で説明しその後病室を出ていった。妻の宙美がそばにいたが何か夢の中にいた女性と感じが似ていて夢の続きのような気もしていた。宙美と私の二人きりになった病室で、宙美は少し安心したからか泣きながら私の胸に顔をうずめて、

「あなた、また私をおいて先にいってしまうんじゃないかって!」

というのである。しばらくして宙美が泣き止み落ち着いてから私は、

「宙美、心配かけてごめんな。でも意識ははっきりしているから大丈夫だと思う。」

と小声で言うと、宙美は今までの緊張感から開放されたようにホッとしてそばにある椅子に深く座り込んだ。私は落ち着いた宙美に、

「今、なんて言ったんだ?
また先にとか?」

と聞くと、宙美は何のことと言わんばかりに、

「私...何も...言って..ないわよ。」

と涙を流しながら声を震わせて応えた。私は、頭を強く打った影響か長い夢の影響で少しおかしくなっているのだと思い宙美の言ったことは気のせいにした。私は宙美に事故後のことを聞いた。

「事故を起こした相手はどうなったんだ?」

と言うと、宙美は、

「警察の方からの連絡では亡くなったそうよ。相手の方は高齢で家族の方が病院に謝りにきたの。でも、私ショックでそのご親族の方々をまともに見ることが出来なくて...」

それを聞いた私は、ただ、

「そうか。」

とだけ応えた。

 しばらく時間をおいてから精密検査を行った。脳内部を再度詳細に診断してもらったが医師からは、

「あれだけの外傷の場合、通常何処かに影響が出るのですが私の診る限り脳には傷一つなく血管も正常で今の所脳には問題らしき箇所は見当たりません。いずれにしても事故後は前頭骨から左側頭骨が骨折し髄液が漏れ出すほど外傷は酷い状態でしたので、しばらくは入院していただきます。後遺症などが出る場合がありますので慎重に検査と治療を進めて参りますのでよろしくお願いします。」

と、言われた。まだ完全に元に戻ると決まったわけではないが、私も宙美も今のところ大きな異常が無いことに少しだけ安堵した。私は、なぜか何となく体は元通りになると直感したため宙美に、

「小学校の職員方や子供たちも心配するから。明日から職場に復帰しな。」

と言った。妻は小学校の教師をしているのだが、私の自動車事故でずっと学校を休んでいたのである。宙美は、

「分かったわ、学校に連絡して明日から復帰することを伝えるわ。でも学校の勤務が終わったら毎日必ず会いに来るからね。」

と言って仕事に向かうことを決めてくれた。