61.脱出

 アエラスじいちゃんとの今生のお別れをしたフォティアは家に戻った。そして、その日の晩、拝借してきたスコタディ軍の軍服をネロウに着替えさせ、さらに服の中に詰物などをし男っぽい身なりに変装させ戦地になっている目的の脱出地点へと向かった。
 途中、何度も軍用車が通り過ぎ、戦闘に向かうなら乗せていくと言われたが、素性がばれるのを恐れ、任務があるなどとごまかしてひたすら徒歩で向かった。軍用車には何となく見覚えのある顔ぶれもあり、フォティアの所属していた部隊にも目的の戦地に招集がかかっていることが伺えた。

 二日後、目的地点に近づくに従って遠くの方から銃撃や大砲の音が鳴り響くのが聞こえはじめた。予定よりも早く到着した二人は地下道のある建物の様子を少し離れた小高い丘から観察することにした。フォティアはこういうこともあるかと双眼鏡もスコタディ軍から拝借していたのである。その建物からはスコタディ兵の出入りが多く、この建物を盾にして戦闘をしているのが分かった。夜になると多くの兵が建物に隠れ外には兵が見回りをするため潜入は逆に戦闘中の昼間に決行することにした。そのほうがスコタディ兵が戦闘に意識が向いているため気付かれないのと、フォース軍の攻撃はフォティアたちにはこない手筈になっているためだ。とは言うものの建物の周辺は戦闘状態が激しいため巻き添えを食らう可能性がありかなり危険ではあった。

 翌朝脱出のための地下道のある建物に二人はさらに近づいていくと、ネロウは、

「お兄ちゃん、怖い。」

と言って震えていた。無理もないネロウにとって初めての光景である。人が戦いで負傷したり死んでいく姿を間近に見るのは。フォティアは、

「大丈夫だから、兄ちゃんから絶対に離れるな。」

と言い、さらに目的の建物に近づくと銃撃と大砲の音がさらに大きくなった。そのとき近くに大砲の弾が着弾し兵が数名吹き飛ばされた。フォティアとネロウは近くの建物に隠れながら移動していたため巻添えにならずに済んだ。しかし、その爆風で吹き飛ばされたうちの一人の兵が二人の眼の前に落ちてきた。その兵は今の衝撃で片足が吹き飛んでいたが、まだ息があるようだったためフォティアは負傷者の脇に手をくぐらせ自分たちのいる安全な場所に引き寄せた。今のフォティアにとって敵兵でも目の前にいる負傷者をみると助けずにはいられなかったのだ。それは、フォース国で真実を知ってしまったことも理由の一つである。フォティアは、

「おい!
 大丈夫か!?」

とその兵士に声をかけると、まだ意識はあるのがわかり急いで吹き飛んだ片足の止血を埃まみれの兵士の顔を確認しながら施していた。かなりの出血でその兵士の顔は徐々に青ざめていくのが分かった。しかし、その兵士に何度も声をかけながら顔を確認しているうちにフォティアはあることに気が付いた。

「まさか!
 お前、エダフォスじゃないのか!?」

とフォティアは驚いたように聞いたのだ。それはフォティアがスコタディ軍の訓練兵として入隊後出会ってからずっと仲が悪かったエダフォスだったのである。エダフォスは、

「お前..どこの..部隊だ、見慣れない..顔だな..」

と苦しそうに応えた。以前の筋肉質だった風体や厳しい顔立ちだったスコタディ軍兵士のフォティアとは変わっていたため一瞬では見分けがつかなかったのである。しかし、フォティアの顔をしばらく見ていたエダフォスの目つきが突然変わった。

「お前..お前..まさかフォティアか!?
 何で..ここにいるんだ、お前はフォース国で戦死したはずだ!
 俺はそう聞いたんだ!」

エダフォスはかすれた声で一気にしゃべった。そして、

「何でだ!
 何でお前がここにいるんだ!」

とエダフォスが苦しそうに言うと、フォティアは、

「もういいからしゃべるな。
 いいかよく聞くんだ。お前たちスコタディ国の軍人は皆騙されているんだ。
 こんな戦いは止めるべきなんだ。俺はそれをフォース国で学んだ。
 今はフォース国民として生活している。
 これから俺は身内をつれてこの国を脱出する。」

と言うと、エダフォスはフォティアに向かって、

「くそ!
 死んだと思っていたのに!
 俺はお前が憎かったんだ。だからお前が酷い目にあうようにデマの情報を流した
 んだ。なのに、なぜだ!」

と当時のことを話し出した。そして、

「俺はお前がいなくなって清々したのに、くそ!
 お前がいなければこんな過酷な白兵部隊なんかに飛ばされなくて済んだんだ!
 そうさ、お前のいた部隊だ!
 お前を陥れた計画が親父にばれなければこんなことには...
 そうだ、全部お前が悪いんだ!!」

と今までの怒りをフォティアに全部ぶつけた。しかし、それはすべて自業自得である。フォティアは、

「俺もお前のことは嫌いだった。
 でもな、こんなスコタディのような国がなければお前と憎しみあうことなど
 なかったはずだ。
 悪いが俺はお前をここに置いてこの国を脱出する。
 お前は助けが来るまでここで隠れていろ。」

と言って、ネロウと脱出先の建物に一気に向かおうとしていた。フォティアは、

「ネロウ、兄ちゃん達はフォース国から攻撃されないから大丈夫だ。
 あの建物まで全力で走るぞ。」

と言い、二人は走り出した。