52.武術顧問

 フォティアが軍の武術指導官外部顧問の承諾をしてから数日後、面接時に立ち会った指導官と基地の訓練室で再会した。指導官から現在の訓練についての顧問として意見が聞きたいということで基地に招かれたのだが、フォティアは指導官と再会するなり、

「来て早々大変申し訳ないのですが、指導官と手合わせを願いしたいのですが、よろしいでしょうか?出来る限り全力でお願いいたします。」

と申し出た。訓練方法の助言をするにあたりまず手合わせすることで現状の格闘技術を把握する必要があるとフォティアは考えたからだ。しかし、フォティアにもう一つ別の目的があった。
 早速、手合わせとなり二人は相対したが指導官は今までになく緊張していた。将校から口頭でしか伝えられていないフォティアの実力が指導官にとって未知数であったからだ。手合わせが始まるとフォティアは前回フォース国軍人との手合わせのような意識状態は外し指導官に一方的に攻撃させたのである。フォティアは指導官の絶え間ない攻撃を、

「流石に若い時にじいちゃんに鍛え上げられただけあって相手にスキを与えない切れのある攻撃だ。闘争心、殺気とも殺戮技としては申し分ないが、それだけに動きがよく見える。これがじいちゃんの若い頃に教えていた格闘技か。実際の若い頃のじいちゃんはこの何倍ものレベルだろうな。」

と思いながら軽々と受け流していった。ひたすら連打攻撃させながら徐々にフォティアは間合いを詰め、最後に指導官を軽く崩し動けなくして手合わせを終わらせた。このとき将校も立ち会っていたのだが、そのしなやかで美しい無駄のないフォティアの動きに感動していた。フォティアは、

「ありがとうございました。いきなりこんなことをお願いしたのは、現状把握と若い頃のアエラスじいちゃんの技に直接触れてみたかったからです。当時のじいちゃんを知るために。でも、よくわかりました。」

と説明した。それがもう一つの目的であった。フォティアはそのまま質問を続けた。

「軍人の方々も皆このような格闘技を使うと言うことでよろしいでしょうか?」

と言うと指導官は汗だくで息を切らしながら、

「はー、はー、はい...」

と答えた。このときフォティアはこのレベルなら特に基本的な武術要素の訓練は出来ているためそういった訓練は必要ないと考えていた。もともと武術的な格闘訓練をしていたのだから当然の話だが、基本は出来ているということだ。それはフォティアにとってやっと入門が許されたと言うようなレベルを意味する。しかし多くの問題があった。それはいくつもの殺人技が加わっているため訓練以外、戦闘では使用することを封印させる必要を感じていたのだ。それからかなり筋力に頼りすぎているため無駄が多いと感じていた。それは人間の感覚器官をも鈍感にさせ、また意識の制御や冷静さをも鈍らせる。他にも課題はいくつもあり、まずはフィジカル的な問題点から一つずつ解消するためフォティアは現役軍人も交え指導官に説明しながら体の使い方を見直させた。そして、毎日の訓練の最後には必ずこころを沈め目を閉じしばらくの時間瞑想し、その後その日の訓練で感じたことやうまくいかなかったことなど自分の中でよく考え抜くように指示したのだ。フォティアはその場にいた指導官や他の軍人たちに、

「ここで学んだ訓練で言われたことだけに固執するのでなく、自分の中でどうすればよいのかよく考えるのです。そしてそれを次の訓練に生かしまた考える。何が足りないのか、何が間違っているのか、ひたすら自分で考えるのです。それはメンタルな問題かもしれないし肉体的な問題かもしれません。この思考に終わりはありません。ある課題をクリアー出来てもそれは次の課題の始まりです。それを何度も繰り返したら一度基本技に戻ってみてください。今までとは景色が変わって見えます。それはまた新たな課題の発見になるかもしれません。こうして進化していくのです。これは私生活も同じです。常に自分と向き合い慢心することなく謙虚に訓練して下さい。」

と最後に話し、最初の顧問としての助言を終えた。

 フォティアは、再び自分の本業である農業に従事していた。毎日の農作業は早朝から夕方まで日中の熱い時間帯以外は続けて作業していた。そんな毎日の中でフォティアは合間合間に生活に必要な家具類を作りアネモスにも作ってあげた。他に農機具を作ったり農夫婦の自宅の修繕なども手がけていた。その器用さは噂になり徐々に近所の家々の修理なども手がけるようになっていった。それは周辺の農家の住民からも信頼される存在となり、フォティアはすっかりフォース国の生活に馴染んでいたのである。そのときいつもそばにいたのがアネモスであった。はじめは街や近隣農家を案内するためフォティアについて回っていたが、いつの間にかそれは当たり前となりいつも二人は一緒に行動していた。唯一、軍での武術顧問の業務を除いては。

 しばらく日を置いての二度目の基地訪問となった。そのときは前回より参加者の人数が増えていた。初日にアドバイスしたことを指導官は忠実に軍人に指導しそれを軍人たちも実践していたためか訓練の動きに少し変化が現れていた。柔らかい動きとスピード、相手とぶつからない捌きが少しずつ目に見えて分かるのである。フォティアは順調にレベルアップしていることが分かり、さらに指導官に今の流れに沿って課題を加えていった。こんな具合にフォティアはときどき軍に来ては軍人達の成長度合にそって指導官にアドバイスをしながら軍人たちの身体能力を仕上げていった。軍部内ではフォティアの指導方法が噂を呼びフォティアが訪問するたび参加する軍人の人数が増えていき室内訓練では対応できず野外か巨大格納庫を使っての訓練になっていったのである。そして、誰から言い出したか、いつの間にか軍人たちはフォティアのことを先生と呼ぶようになっていったのである。