51.決断

 面接が終了した日の夕方遅くフォティアに嬉しい知らせが届いた。フォース国民になる審査に合格したとの連絡が将校からあったのだ。このとき武術指導顧問になる返事については問われることはなかった。合格後にその返事をする約束だったが、面接したその日に結果が出るという前例が今までに無く、フォティアに殆ど考える時間を与えていないためである。将校からは、

「一旦、住み込み先の農家のほうに向かっていただき、あちらの生活が落ち着いたら改めて武術指導官の外部顧問のお返事を頂けないでしょうか。時間がかかっても構いません。農夫婦にはこの件について私から伝えておきます。」

と切り出された。フォティアは、

「ありがとうございます。それでは落ち着いたら必ずお返事致します。」

と言って基地を後にした。
 翌日、住み込み先の農家に着き、早速農夫婦とアネモスにフォース国民権を得たことを報告すると皆喜んでくれた。特にアネモスはとても嬉しかった。こうしてフォティアは再び農業に携わる生活が始まることになった。そして農作業の合間をみては仮住まいの小屋の修繕をし、生活の基盤づくりを進めていったのである。作業にはいつもアネモスが手を貸してくれた。アネモスは、

「フォティアって器用ね。」

と小屋の修復作業をみながら感心していた。フォティアは、

「子供のころから自分の家を修理してたから得意なんだ。家具もこれから少しずつ作っていこうと思っているんだ。」

と言うとアネモスは、

「私もいつも手伝ってるから、ご褒美に何か作ってもらおうかしら!」

などと言ってフォティアを少しからかったりもしていた。その後も作業は進んでいき仮住まいの小屋の修理が終えかけてきた時、アネモスが、

「フォティア、そろそろ将校さんにお返事しなくていいの?」

と問われた。フォティアはここにきてからずっと軍の武術指導顧問のことについて考えながら作業をしていたが迷いがあり返事を先延ばしにしていたのだ。

「そうだね。まだ決めかねているんだ。指導者のサポートとはいえ自分が身に着けた武術を伝えることでそれを戦に使われ人が傷つくことに懸念があるんだ。僕に武術を教えてくれたじいちゃんは人を傷つけるために武術があるのではないと言っていたんだ。自分も今だからその意味が理解できるし、そのおかげで大切なことを沢山知ることが出来たんだ。」

とフォティアが言うとアネモスは、

「そうなのね。それじゃ、それを教えてあげればどうかしら。だって、フォティアは現にそれを戦で実践したのだから。それを教えられるかどうかはやってみないと分からないけど、教えられるのはこの国ではフォティアだけだと思うわ。」

と返された。フォティアにはその考えには至っていなかった。戦い、戦目的、つまり殺戮目的としての武術技ということを軍隊は求めているものだということに固執し、まさか自分の持っている人を傷つけない戦闘方法をサポートするなどとは考えもよらなかったのだ。フォティアは、

「そうか。アネモスの言う通りかもしれないな。もうしばらく考えてみるよ。」

と言って再び考え続けた。フォティアは、

「あまり深く考えすぎないでアエラスじいちゃんが言う武を教えていけばいいかもしれないな。」

と思うと、何か吹っ切れたかのように気持ちが楽になった。
 その後、仮住まいの小屋の修理が完了し、また農家の作業も順調に進んでいった。野良仕事は流石に子供の頃から散々やってきただけに手際もよく農家の主人もフォティアの仕事ぶりには感心していた。これもアエラスじいちゃんのお陰である。こうして生活のための環境作りも一段落つき、いよいよフォティアは将校への返事をすることにしたのだ。フォティアは農夫婦とアネモスに自分の返事を先に伝えた後、将校のいる基地に向かった。将校には事前に直接基地で返答すると伝えてあったのである。
 フォティアは基地に着くとそこには将校と面接のときに来ていた指導官が迎えてくれた。再び将校の部屋に招かれそこで正式に返答したのである。フォティアは二人を前にして、

「外部顧問の件、お受けいたします。」

と返答し続けて、

「ただし、自分はアエラスじいちゃんと約束した武術、つまり実戦で自分が行っていた人を傷つけない武術指導サポートしか致しません。殺人技は一切お教え致しません。それが条件です。いかがでしょうか?」

と聞くと将校は、

「そのお返事を待っていました。私たちも出来る限り敵兵士を傷つけずにフォース国内に引き入れたいのです。すでに君に話したとおりスコタディ国民も皆フォース国と同じ民族なのです。相手兵士が真実を知らぬまま必要以上に戦いで傷ついたり亡くなることは私たちは望んでいません。ぜひ、君がスコタディ軍人のときに自身で編み出した武術をお教え願います。」

と言われた。その後、フォティアは指導官とこれからの顧問としてのサポートの進め方について話し合った。そして、農作業のシーズンオフ時はときどき基地の宿舎で宿泊し対応するが、それ以外は農作業や生活に支障がない程度に基地に訪問するということとなった。