そんなスランプ状態に陥っているフォティアは、あるとき訓練生の中でもかなり腕の立つ相手と格闘することになった。毎日訓練最後に指導官の一存で格闘相手が決められ各ペアー全員が一斉に格闘戦を行うのである。そして、不調のフォティアは、今回一番厄介な相手とあたったのだ。厄介な理由は強い相手ということ以外にもう一つあった。それは相手がエダフォスの仲間ということである。フォティアはそれが気に食わなかった。何か卑怯な手を使ってくるかもしれないと考えていたのだ。フォティアは、
「いつもエダフォスとつるんでいるやつか。こいつ近くで見ると人一倍体がでかいな。確か訓練生の中でもかなり手強いと聞いているが。何をしてこようがこいつには絶対負けたくない!」
と思っていた。フォティアはエダフォス同様この訓練生も嫌いなのだ。エダフォスの命令で気に入らない訓練生に対して躊躇なく嫌がらせをするやつだからだ。フォティアの正義感はいつになく闘争心を湧かせた。案の定エダフォスは、この二人が格闘することを知って、
「どんな手を使ってでもフォティアに痛い目にあわせろ!」
と命令していたのである。そして、指導官の始めの合図で全員一斉に格闘が始まった。フォティアの相手は体が大きいわりに動きが速い。他の訓練生ならスランプ状態のフォティアでもある程度ダメージを与えられるが、この相手には通用しない。フォティアは、
「くそ、全く崩れない。攻撃が入ってもびくともしない。なんて頑丈な奴だ!」
と呟いていた。相手はフォティアの頭一つ分ほど身長が高く横幅もある。フォティアは今までになく苛立っていた。
「あちこちやけに無駄な力が入る!攻撃が決まらない!捌きもやたらとぶつかり相手の中心を奪えない!何がいけないんだ!くそ!」
と心の中で叫び、少し自棄になっていた。もちろんお互い防具をつけての格闘のため相手へのダメージが和らぐのも影響している。しかし、フォティアが正しく冷静に身体を使い攻撃すれば防具など付けていても相手に大きなダメージが与えられるはずなのである。それほどの技をアエラスじいちゃんから伝授されていたのだ。だが、それが出来ない。その苛立ちがフォティアの動きに無駄を生み相手にスキを与えてしまう結果となった。相手は蹴りを繰り出しながら同時に地面から砂を掴みフォティアの顔目掛けてかけたのだ。フォティアは目を手で覆うと同時にボディーに突きを一撃くらい一瞬動けなくなった。間髪入れずに次の攻撃がきた。それも男の急所へ。フォティアは悶えながらも急所への蹴りをかろうじてかわしたが、その行為に理性を失ったフォティアは、逆に相手へ同じ急所を攻撃したのである。訓練では金的を狙うことは禁止されていたが、両者ともその違反行為をきっかけに逆上し、さらに格闘がエスカレートしていった。すでに、勝負がついた訓練生たちは、
「フォティアたち見てみろよ!スゲーすさまじいな!あんなの見たことないぞ!なんてやつらだ!」
と言ってその激闘に見入っていた。フォティアたちはなかなか勝負がつかない。思わずその動きの激しさに格闘を途中で止めた訓練生までいた。どちらも引かず倒れず、フォティアも体力の限界に近づいてきた。鎧のように鍛え抜かれた体は疲労し次第に力が入らなくなっていったフォティアは、
「...くそ...体中...もう...感覚が...ない」
と思いながら意識はもうろうとし始めた。しかし、相手にはまだ少し余力があり見ていた周りの訓練生たちも、
「もうやばいんじゃないかフォティア。だいぶ押されてるぞ。そろそろ勝負つきそうだな。」
と話していた。フォティアも、
「...ここまでか...」
と思ったのを最後に思考が完全に止まってしまった。同時に動きも緩まりフォティアからは完全に闘気が無くなった。そこへ相手は渾身の一撃をフォティア目掛けて放った。
「おわったな!」
と見ていた訓練生たちの誰もが思った。しかし、その時フォティアは相手の攻撃がスローモーションのように見えていた。フォティアの体は崩れるかのように自然に柔らかく相手の攻撃を捌き、そして相手のバランスを奪った。同時に伸ばした腕の掌は相手の胸元の防具に密着していた。そして、瞬時に全身を使った強烈な衝撃波を放ったのである。その動きは訓練では決して見せたことのない武術技であった。フォティアのあまりに速い動きで目がついて行かなかった訓練生たちは、目を疑った。完全にフォティアがやられると思っていたからである。フォティアはこの技を人間に向かって使ったことはない。アエラスじいちゃんの稽古では、岩や大木などに向かって稽古させられていたからである。じいちゃんからも決して人間に対して使用しないようにと言われていた。骨を砕き内臓を破裂させてしてしまう恐れがあるからだ。あくまで身体の鍛錬目的のためにフォティアは教えられていたのである。しかし、完全に無心になったフォティアは無意識に放ってしまったのだ。