訓練生活も終盤に差し迫ったフォティアたち訓練生たちは、格闘訓練の最後に上級訓練生全員による格闘トーナメントをするように指示があった。これは上級訓練生恒例の最後のイベントである。ルールは簡単で、一対一で素手で戦いどちらかが参ったと言ったところで勝敗が決まる。もちろん相手が気絶したり動けなくなればそれも負けとなる。上級訓練生ともなると皆それなりのつわものばかりである。その中でもフォティアの格闘技の腕前は現役軍人すらかなわないほどまでに成長していた。
フォティアが初めて格闘技の訓練に参加したときの出来事である。格闘の仕方も知らない訓練生相手に格闘技専門の指導官が訓練生ひとりひとりを相手に軽い試合をすることから訓練は始まった。もちろん格闘のエキスパートと格闘のいろはも知らない訓練生と行うわけである。当然、指導官も本気ではないが訓練生は簡単に抑え込まれていった。フォティアはどんな技を繰り出すのかその様子を見るためしばらく指導官と訓練生たちの格闘を観察していた。指導官が、
「次は誰だ!」
と言うと、フォティアが、
「自分がやります。」
と応えた。フォティアが前に出ると指導官は低く腰を落とし両腕を前にして構え、いつでも来いといった趣きで立っていた。フォティアは指導官を前にして柔らかく立っていた。利き手と同じ側の足を少し前にして手は軽く手刀のようにし腹の前で構えていた。その立ち姿は天と地を貫くようなとても綺麗な立ち姿である。指導官は固く地面に体を固定している立ち姿に対してフォティアは少し体が中に浮いているような柔らかささえ感じさせた。お互い対象的なスタイルである。このような姿勢はアエラスじいちゃんからの教えであった。じいちゃんは、
「フォティア、相手と相対した時、決して身体を固めるな身体は柔らかくそしてしなやかに、決して地面を踏ん張るでないぞ。姿勢は立てなさい。そして、相手の意識を感じるのじゃ。そのためにはフォティアよ、わしがいつも言うように『氣』を出すのじゃ。」
と何度となく言われ稽古をした。さらに、じいちゃんは、
「相手に向けて『氣』でつないでおけば、相手の動こうとする意識が読めるじゃろう。いいか、そのときは決して構えすぎてはならん心に滞りが出来てしまう。常に平常心で最初は相手全体に意識を向けて繋げておけばよい。目に頼りすぎないことじゃ。そうすれば相手が攻撃しようとする瞬間がよう感じ取れるはずじゃ。」
と教えてくれた。フォティアはじいちゃんと何度となく稽古し、まさにその教えのようにして相手と対峙していた。周りで見ていた訓練生も今までとは何かが違う雰囲気に飲み込まれた。そのとき指導官は動きたかったが、なぜか動くとやられると本能的に察してか前には出なかった。じいちゃんは、
「相手の攻撃が来ると感じたらこちらから進みなさい。その時も普段から言うように蹴って進んではならん。体をねじらず、いつもわしが教える進み方で出るのじゃ。」
と言われていた。しびれを切らした指導官はフォティア目掛けて低い体勢で前に出たがときすでに遅く、指導官が前に進もうと前方に出ようとした瞬間にはすでにフォティアは前に進んでいた。一瞬であった。指導官はフォティアをホールドしようと考えていたが、腕を伸ばそうとしたときにはフォティアは目の前から消え指導官の横に移動し瞬時に指導官と同じ方向に体を返していたのである。そして指導官の片方の肘のやや外側側面に軽く伸ばしたフォティアの腕の手が接触していた。その間もフォティアは、アエラスじいちゃんとの稽古で習ったことに忠実に従った。
「フォティア、相手に接近して崩す時は姿勢は大切じゃ。決して相手の力に刃向かうでない。そういう刃向かうようなこころにはなっては駄目じゃ。そして、常に自分の中心、正中線を立てお腹の下に重みを落とし体を緩め脱力するのじゃ。そして相手の進み出た方向を僅かにずらせばええんじゃ。そうすれば相手はお前との接点に反応し自分の動く方向とのズレを生ずる。それが結果的に相手の制御を奪うことが出来るのじゃよ。初歩的なことじゃが、あくまで理屈じゃ。言葉で言って出来れば苦労などせんがのう。フォティア、精進しなさい。たくさん感じて考えて稽古をするがええ。」
指導官の肘に優しく触れ、相手の行きたい方向をずらしながらも満たしてあげるのである。そして自分は中心線を立てあくまで重心は自分の丹田に落としつづけながら。指導官はフォティアに触れられたポイント一点の情報に自然に反応してしまう。これは力技を行う者の性である。条件反射でそう動いてしまう。しかし、フォティアの力の源を追うがずらされ続けそれが見えず自然に指導官の体は勝手に相手の力点を探ろうともがきはじめる。その段階で指導官はフォティアの向いている方向に少しのけ反った体勢でフォティアに吸い付くような状態になる。指導官は動けなかった。と言うよりも攻撃をしようともがいている感じである。もがいて動こうとすればするほどフォティアに崩され泥沼に落ちていき指導官は最終的に地面に両手をつけ土下座でもするかのような形になってしまった。見ていた訓練生は皆呆気に取られていた。しかし、すぐフォティアは術をとき、
「教官、ありがとうございます。わざと手を抜いて下さって。」
と言って、指導官が恥をかかないように配慮した。指導官は真っ赤な顔をし、
「少し..手を..抜きすぎたようだな...。まー..あまり勝ち続けてもな..なん..だ..」
と、少し呼吸を荒げながら話していた。フォティアは自分がすでにある程度の武術のできる身体能力に達していたことに気がついていなかったのである。