27.若さ

 それは、アエラスじいちゃんのお爺さんの話であった。じいちゃんは、

「わしの家はお前も知っておる通り武術家の家系じゃ。わしはお前のように子供の頃から爺さんや父親から武術を叩き込まれてきたのじゃ。その頃はわしの家には数十名ほどの門下生がおってのう、そのものたちと毎日稽古させられておった。お前に今教えているようなことをな。わしは爺さんから何度も武術とは人を傷つけることが目的ではないと言い聞かされていたが、わしにはその意味が全く分からんかった。現に相手を技で痛い目にあわしておるでのう。言っていることとやっておることが矛盾していて混乱しておった。」

と話すと。フォティアもそのことには同感だった。

「僕もそこがよくわからないんだ。じいちゃんも同じこと言うでしょ。武術は人を傷つけるためのものではないって。」

とフォティアが言うと、

「そうじゃな。じいちゃんも当時そのことが全く理解できずにおってのう、やはり技術、体力、筋力があるものが武術では強いのだ、それが武だと思っておった。まったく、若いときは無鉄砲で浅はかなもんじゃ。フォティアの言う優しいなどと言う言葉の欠片もない、自分のことしか頭にない存在じゃった。いかにしたら強くなるか。そんなことしか考えておらんかった。若いとはだれしもがそういうものかもしれんがのう。」

フォティアは、

「じいちゃんにそんなときがあったんだ。」

と言うと、アエラスじいちゃんは軽くうなずき、話を続けた。

「わしは自分の考えを証明するために父親の許可を得て街で道場を開き武術を教えることを許してもらった。自分流に武術を極めたかったのじゃ。これにはわしの父親と爺さんはしばらく悩んだそうだ。しかし、実際に経験させることも必要と判断し許しを得ることが出来、遠い街で道場を開いたのじゃ。道場を開いた頃は何人か入門した者がいたが、わしの稽古やトレーニングについてこれず去るものは多かったがのう。それでも数名残っておった。自分の体を鍛え技を極めたいがために門下生を使ってかなり危険な稽古もしたもんじゃった。軍部からスカウトされて軍訓練生の特訓もしておったこともあったがな。わしは自分の道場で自分なりに腕をあげていった。否、あげたつもりでおったのじゃ。現に体力、筋力、スピードそして技のキレともに絶好調じゃったからのう。」

と、じいちゃんは話した。フォティアは、

「じいちゃん怖いものなしだね!それでじいちゃんはどうなったの?」

と言うと、じいちゃんは、

「わしはしばらくは道場を生業にしながらもさらに自分を鍛え続けたのじゃ。そんなあるときにじゃ、わしの爺さんが道場にはるばる訪ねてくれてのう。わしは嬉しかった。爺さんはなにも言わずにわしの道場稽古をみておった。」

と話すと、フォティアは、

「それじゃ、じいちゃんのお爺さんは認めてくれたんだね。じいちゃんが自分の道場を持つことと、じいちゃんの強さを!」

と言うと、アエラスじいちゃんは、

「いや、そうではなかったのじゃよ。」

と応え、その時のことを語りだした。

「爺さんは稽古が終わった後に突然、
  『アエラス、どうだ、わしと勝負してみんか?』
と言って来たのじゃ。わしは爺さんのことはよく知っておるでのう、勝てないまでも互角に渡り合えると高をくくっておったのじゃ。わしは自信満々に即、
  『お願いします。』
と言って、爺さんと手合わせすることになったのじゃ。道場生を皆帰して道場内はわしと爺さんだけになった。お互い道場中央に立ち向かい合った。そして、勝負を始めたのじゃ。爺さんは特に構えもせず柔らかく立っておった。わしも柔らかく構え意識は爺さんと結んでおった。そして爺さんへの攻撃のタイミングを探っておった。しかし、わしはどうしても動けんかった。爺さんは、
  『どうしたアエラス、こんのか? 来ないのなら、わしからいくぞ。』
と言って、爺さんから近づきはじめたのじゃ。わしはその動く瞬間、一気に爺さんに近づき爺さんに一撃を加えようとした。わしとしては最高の動きで接近したのじゃ。無駄な力みもなく柔らかく静かに、そして一切の初動も出来る限り消してじゃ。今まで相手にした者で見切った者はいない。かつて軍人百人ほど使って格闘したときも短時間のうちにすべて素手で倒したこともある。しかし、爺さんに瞬足で近づき当身を入れるぎりぎりのところで攻撃を止めた。わしは爺さんに接近した勢いを殺さず、わずかに方向をずらして爺さんから瞬時に離れた。爺さんは全く動かなかったが、近づいた一瞬でわしは敵わないと本能的に察して攻撃を止めたのじゃ。」

フォティアは、

「え!どうして!何がおきたの!?」

と言うと、じいちゃんは、

「んー、それがじゃ、その瞬間なぜか道場内全体の空間、否、室内をも超えたさらにさらにとてつもなく広く大きい空間、まるでこの宇宙全体が爺さんであるかのように感じたのじゃ。すべて見通されておりコントロールされた空間と言ったほうが近いじゃろうか。わしは全力で爺さんに向かったつもりじゃったが、爺さんに近づくと時間が止まったかのようにゆっくりになるのじゃ。不思議じゃった。その僅かな動きの中で沢山のことを教えられた気がしてのう。爺さんには絶対に敵わないと悟ったのじゃ。わしは、
  『参りました。』
と言って負けを認めた。それはわしが知らない爺さんじゃった。」

アエラスじいちゃんはこの一瞬の決着で、以後武術というものについて考えを改めはじめたのである。一瞬。しかし、その一瞬の出来事の中にはアエラスじいちゃんが一生かかって会得するほどの知識が凝縮されていたのだ。そして、アエラスじいちゃんは武について自分なりに分かったことを語り始めた。