21.軍人

 アエラスじいちゃんは、農作物の追加徴収のことを聞くと、

「前回の徴収でもう残っとらんわ!」

と返した。すると、そばにいた軍人が手慣れた様子で小屋を出たかと思うと納屋の方へと向かった。しばらくし軍人が再び小屋に現れると、

「じじい、あるじゃねーか!持っていくぞ!」

と言って農作物を持ち去ろうとした。アエラスじいちゃんは、

「それはわしらの食べる分じゃからもっていかんでくれ!」

と強く怒鳴って抵抗した。そのときフォティアは小屋の奥から大声で、

「持っていくな!」

と言って軍人に向かっていき農作物を取り戻そうと必死に抵抗した。軍人は、

「なんだ!このガキ!」

と言い、持っていた棍棒でフォティアに殴りかかった。軍人は何が起きたのか分からなかったが、一瞬何かが目の前に来たかと思った途端身体が浮き上がり、気がつくと地面に仰向けになっていた。フォティアも殴られると思い身をかがめ目を閉じていたため何が起きたか分からなかったが、いつの間にかじいちゃんがフォティアのそばにいた。アエラスじいちゃんは軍人に向かって、

「この子に手をだすんじゃない!その作物持ってとっとと出ていけ!」

と、いつも優しいアエラスじいちゃんが厳しく怒鳴った。フォティアはそんなじいちゃんを見たのは初めてで少し驚いた。軍人は再び立ち上がり、

「何だこのじじい!」

と言い、今度はアエラスじいちゃんに棍棒で殴りかかった。そのときフォティアはその光景を一部始終見ていた。アエラスじいちゃんは、一瞬で軍人のふところに入り軍人の棍棒を持った腕に軽く触れたかと思うとそのままじいちゃんは軍人の真下に軽く跪いた。すると、軍人はじいちゃんの肩の上を通って大きく前にひっくり返りふたたび地面に仰向けにさせられたのである。そんな光景にフォティアは見えたが、あまりに速い動きで正確にはよくわからなかった。軍人はバツが悪そうにして、

「..ク..クソ!」

と言って、また刃向かおうとしたが、一緒だった代理人が軍人をなだめて二人は出ていった。アエラスじいちゃんは、いつものように、

「フォティア、ありがとよ。怪我はなかったか?」

と優しく言うと、フォティアは、

「じいちゃん!今の何?一瞬であんな大きな軍人がひっくり返ったよ!」

と興奮して喋った。アエラスじいちゃんは、

「なんでも無い、少しだけ武術を使っただけじゃよ。」

と応えた。アエラスじいちゃんの家は元々由緒ある武術家の家系である。それは、まだスコタディ国が出来る以前、つまりフォース国であった時代からである。そして、じいちゃんもその血を受け継ぐものであった。アエラスじいちゃんは若い頃、一時期はスコタディ国の軍部に武術指導をしていた時期もあった。しかし、じいちゃんの指導は軍部の方針と合わないとアエラスじいちゃんは指導を辞めてしまった経緯があったのだ。

 軍人と代理人が小屋を出ていった後、

「今度会ったらただじゃおかねえからな!クソ!あのじじい名前なんて言うんだ!」

と軍人が代理人に聞くと、

「まあまあ、落ち着いて下さいよ。とりあえず農作物は徴収できたのですから。あの爺さんはアエラスって爺さんですわ。何でも随分昔、軍で格闘の訓練指導管だったとかって聞いたことありますけど、まあ、うわさですから本当にそうだったか分かりませんがね。」

と応えた。軍人は、何処かで聴いたことのある名前だと歩きながら考えていた。しかし、思い出せなかった。軍人と代理人は車両に乗り込み同じ軍人仲間の集まる場所へと移動し、農作物を大型車両に移していた。軍人はイライラしながら作業をしていた。そこへ上官が現れ、

「農作物を乱暴に扱うな!」

と叱られてしまった。軍人は上官に、

「すみません!」

と謝り、上官がその場を立ち去ろうとした瞬間思わず、

「クソ!アエラスじじいめ!」

と小さく声に出してしまった。上官はそれを聞き逃さなかった。上官は、

「だれが、クソだ!!」

と、激が飛んだ。軍人は再び謝り、上官にアエラスじいちゃんとの一件を一部始終話すと、上官は、

「ん!...アエラス...アエラス? 聞いたことある名前だが?」

と言いながら、再び

「アエラス...アエラス...」

と、小声で言いながらしばらく考えていた。そして、思い出したのである。アエラスと言う名の武術指導官が過去にいたことを。上官は、

「アエラス教官! 鬼のアエラス!」

と声に出した。アエラスじいちゃんはちょうど上官が入隊したあたりで指導官を辞めてしまったため上官はじいちゃんの訓練は受けてはいなかった。しかし、訓練を受けた軍人たちのほとんどがそのすさまじさで倒れていたのを思い出した。訓練が終わるとグラウンドに倒れて血を流しているもの、病院送りになるものまでいたのである。今の幹部はすべてこのアエラスじいちゃんから徹底的に訓練で鍛えあげられた強者たちであり、その厳しさから鬼のアエラスと呼ばれていた。厳しい訓練は幹部たちにとっては一種の武勇伝でもあった。アエラスじいちゃんの特訓を乗り越えたことが自慢なのである。そのくらいアエラスじいちゃんの武術訓練、それは凄まじいものだったのだ。そんなことを軍の幹部たちが話すのを投げられた軍人は聞いたことがあり何となく聞き覚えのある名前だったのである。上官は自分が入隊した時のことを思い出していた。そして、そのときのグランドの様子がいまだ鮮明に目に焼き付いていた。夕暮れ間近なグランドの真ん中には小柄の教官が静かに一人立っていた。そしてその周りには何十人もの軍人が血を流して倒れていたのだ。上官は少し緊張して震えた。そして、上官は軍人に、

「いいか、死にたくなければアエラスには絶対近づくんじゃない。」

と小声で言って、その場を離れた。