20.農作業

 フォティアはいつものように隣り村のアエラスじいちゃんの農園にやってきた。じいちゃんの農園はとても広く、それは例えるなら、端から端まで大人の足で歩いたとして千歩ほどの大きさと言ったところだろうか。その農園は人の膝や腰の高さほどまで成長した野菜でいっぱいであり遠くまで続いていた。区画ごとに異なる種類の野菜が大量に作られているため綺麗なモザイク状の緑色をベースとしたカラフルな絨毯のように見えた。作っているものは主に葉物野菜やイモ類であり、農園周辺には果実のなる木が数種類植えられているためシーズンごとに異なる果物も収穫することができる。そんな農園内に小柄な老人の上半身が遠くに見えてきた。アエラスじいちゃんである。フォティアは大声で、

「おはよう!じいちゃん!」

と言うと、アエラスじいちゃんは、

「フォティア、おはよう!今日もネロウきたんだね、おはよう!」

と言うと、ネロウは、

「今日は何するのじいちゃん!何するの!」

と言いながらアエラスじいちゃんの元へと駆けていった。元気いっぱいのネロウはいつも兄の真似をして農作業を手伝ってくれる。しかし、それも始めのうちで気がつくといつの間にか虫たちと戯れ遊び回っていた。フォティアはそんな健気で純粋なネロウを見ていると気持ちが和みとても可愛く思っていた。アエラスじいちゃんの家はじいちゃん一人しかいない。そのため働き手がおらずその代わりにフォティアが手伝うようになった。じいちゃんとはもう長い間お世話になっていた。もともと、フォティアの母がこの農園に手伝いに来ていたのである。そのときも今のネロウのように小さかったフォティアは母と共にきていた。しかし、すでにネロウを身ごもっていた虚弱体質な母はネロウを産んだ頃からさらに弱り、農作業が身体に障るためフォティアが母のかわりに作業するようになっていったのである。

 フォティアが農作業を本格的にはじめた頃はとても苦労していた。痩せ細った小さな身体での作業は大変なのだ。機械を使えばよいのだが、すべて軍部が武器製造のためにと没収してしまい農具といえば鍬類や釜やスコップなどだけとなった。そのためすべて手作業で行っているのだ。フォティアはじいちゃんの農作業を見ながら真似をして作業を覚えていた。フォティアはいつもアエラスじいちゃんを見ては、

「じいちゃん、痩せてて小さいのにどうしてあんなに楽に作業が出来るのだろう。こんなに広い農園なのに休みなく作業してて疲れないのかな?」

と心の中で不思議に思っていた。あるときフォティアはじいちゃんに、

「じいちゃん、どうやったらじいちゃんみたいに楽に上手く作業が出来るの?」

と聞いてみた。じいちゃんは、

「力を抜くことじゃよ。無駄な力を削ぎ落とし必要最低限の力ですることじゃ。フォティアは力が入り過ぎじゃな。鍬を振り下ろすのに力任せにやっては駄目じゃ。もっと柔らかく身体を使わにゃな。それにフォティアは腰が全く入っておらんのう。はっはっは!」

と言われたが、小さかったフォティアにはよく理解出来なかった。しかし、フォティアは一生懸命に農作業に打ち込んだ。そんな懸命に働くフォティアをアエラスじいちゃんは優しく見守っていた。それからしばらく農園で働き始めたフォティアはその後もアエラスじいちゃんの指導もあり農作業を少しずつ覚えていった。そして、収穫の時期は終わり冬となると、ついこの前まで青々としていた畑が一面すっかり土色一色になり農園周辺の木々の葉は落ち、何となく物寂しい季節へと移っていった。農作業が一段落した季節でもフォティアはアエラスじいちゃんの元に度々出向いては薪割りをしたり農機具の手入れや道具を作ったり、また納屋の修繕も手伝っていた。フォティアが木工細工などを上手に作れるようになったのも実はアエラスじいちゃんの教えのおかげである。こうして冬の間、フォティアはアエラスじいちゃんと次のシーズンに向けての準備を行うのである。

 そんな初冬のある日の出来事である。

「爺さんいるかい?」

と軍部の代理人がこの時期には珍しく現れたのだ。アエラスじいちゃんは、

「こんな時期になんの用じゃ?」

と言うと、代理人は、

「悪いがじいさん農作物の追加の徴収だ。まだ残ってるんだろ。」

と応えた。軍部の代理人は通常、野菜の種類ごとの収穫時期に合わせて農作物の徴収に現れる。そして、今シーズン最後の徴収もすでに終わっていたが再び徴収に現れたのだ。それも今回は初めて軍人が一人付いてきていた。その軍人はがたいは大きく片手に棍棒を持っており、やたらとその棍棒であちこち叩きながら小屋に入ってきた。ガラの悪い軍人である。今シーズンは農作物の収穫がどこの農家も悪く前回の徴収分が少なかったため追加徴収しにきたというのである。このとき小屋の奥で作業をしていたフォティアはその様子をじっと見ていた。そして、この一件でフォティアは、はじめてアエラスじいちゃんの別の一面を目にすることになる。