◇光の領域 その二 光の人として働く2
お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千二十二年 二月 二日 配信
何田: 確かに「救ってあげる」というのは宗教的な間違いであり、人の自己満足の世界であって、苦しんで悩んでいる本人が必死に出口を求めて、少しだけでも行動しないと、闇の世界のまま人生が終わることになります。
つまり自分を救うのは、最初から自分にしか出来ない。「実は救世主は自分だった」という精神学の伝えている基本が理解できるようになりました。
では、「苦しんでいる本人、一人だけで元気になるか?」という命題にどう答えますか?
“浄化と上昇”をして、“光の道”を目指した時に「私は、よし“光の道”を目指すぞ! 」と考えたら身体が元気になり、やる気が出てきて、人生が明るくなりますか?
元気が出ないのは、“浄化と上昇”が出来ていないからですか?
積: (自分だけで)元気になるのは、とても簡単なお話です。「天井を見上げて、ずっと向こうに“光”があって、出口はあそこにしかないから、あそこに向かって、あそこから脱出しよう! 」と考えるだけで元気になります。
重要なのは『目的』です。「目的を見つけなかったら、あなた、元気なんか出ないよ! 」ということが答えです。
榊白: 目的を持っていても、やっている途中に、元気がなくなってしまうことって、普通の人はあるのですよ、きっと。その時の立ち直り方です。
何田: 「あなた、あの時“光”という出口を目指した人間だったでしょう。」と聞けば、「あの時はそうだったけどね。でも……。」という、人生を振り返る言葉しか出てこないのでしょうか?
積: 「あの時はそうだったけどね。サヨウナラ。」と、去る者は去って行けばいいのです。
榊白: 戻れなくなります…。
何田: 去る者は、去ったらいいのですが、本人は去りたくないし、光に行きたいけれど光に行けないし。そんな悩みを抱えながら、人生が終わる人間はどうなりますか?
積: 死ぬまで苦しんで、苦しんで、何にも見つけられませんでした。として、死ぬのも、それは“その人の道”です。
何田: それは「阻害要因」が邪魔をしているから人間は苦しむのですか? 「阻害要因」さえ取り除けば、負荷がない状態で、たましいはスッと光に上がれるのですか? それとも……。
積: 何田さん、『たましいと、いうものが何なのか? 』という出発点を、まず間違えています。たましいとは、何ですか?
何田: たましいは、光と闇の合体したエネルギー体です。
積: 人間のたましいとは、何なの?
何田: 人間を光に導く羅針盤、コンパスのようなもの、記録を保持し続けるもの。
積: まず、精神学の立場で説明すると、人間のたましいは『神様の分け御霊(わけみたま)』なのです。その出発点を無視して、人間が、人間が、といって、人間主体を主張しても、何の意味もないのです。
『 人間のたましい、なんてないの。人間の意識は、あります。』
人間の意識が、現世でジタバタして、苦しんで、病気になって、悩んだり、自殺したりと、現実に起こしてしまいます。
しかし人間は、人間として、よく生きなければ、たましいの覚醒もないのです。
人間として、よく生きることができないから、ジタバタ、ジタバタして死んで逝くのです。
何田: それは人間の中の 、たましいが覚醒していない、から。
積: そう。
何田: それは人間の中で、神様が覚醒していない、から。
積: そう。人間は、その人の身体の中で「たましいが、覚醒するまで苦労する」と、決まっているのです!
榊白: 覚醒しても、きっと苦労はしますけれどね。
積: そうです。この対談のテーマは、『神を超えよ、仏を超えよ。』なのです。
神を超える前の、人間のお話に逆戻りしています。何田さんは、「人間はどうやれば、楽に生きられるのですか? 」って、質問をしているのですよ。
何田: 申し訳ありません。この質問をした理由は、人間の中にある、神やたましいの存在を信じている人間が、「楽に生きたい。でも光の道を生きたい。でも苦労したくない、苦しみたくない。」という人は、無神論の人と同じような生き方になって、死ぬ時は結果が同じになると思うのですが、それで質問をさせていただきました。
積: ああ、生きるのにジタバタして、元気がなくなるのが、たましいを信じる人間と、無神論の人間で同じに見えるということね。
何田: はい、そうです。ジタバタ生きて、自分の環境に合わせて生きると、その人間がたましいを信じていても、結果としては、闇に行くのでしょうか?
たましい、とは何なのか? を考えると、人間として生きている間に、たましいが覚醒するとは、何ですか? 自分の中で神が覚醒するとは、何ですか?
積: 「自分が、なぜ、ここで身体を持っているのか? 」という答えは、「たましいの中にしかない」のです。
何田: 答えは人によって違うし、自分で自分のたましいに聞けば、わかることだと。その手段が浄化と上昇をすることですね。
積: そういうことです。
何田:神は、天から人間の身体に降りて、人間の中で覚醒して、初めて神を超えるのですか?
積: そうですよ。人間の身体は容器なのです。神がなぜ、人間の身体に降りるのか? といえば、神が神を超えるために、人間に降りるのです。
