光の領域 その一 光の人として働く
◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千二十二年 一月二十六日 配信
何田: 今回は、榊 白(SAKAKI HAKU)さんをお迎えして、積先生のお話しをお聞きします。
積先生、榊白さん、よろしくお願いいたします。
「生きがい」「やりがい」「楽しい」とかについてお伺いします。
光の人として働くことを望んでいる人は多いと思いますが、光の人として働き始めると、やりがいも生まれ、他の人からもいいなと思われ、楽しそうですが、光の仕事をやって少し時間が経つと、辛くなってしんどくなってきます。
自分の闇、他人の闇、社会の闇、地球の闇に向き合って、闇のエネルギーの浄化をするのが仕事だからです。
理屈として当たり前のことですが、人間は辛かったり、しんどくなると、仕事をストップしてしまう。すると結果が上手くいかなくなって、光の仕事も途中で辞めることになります。楽しくないから、光の仕事を辞めるのです。または継続させるエネルギーを失って、違う仕事に興味が出たり、先々に恐怖が湧いてきて心配になって、やらなくなったりします。
積先生は昔、私に「暗黒には、暗黒のルールがあって、暗黒の使者になれば、なったで、苦労するよ。」といわれていました。闇の騎士と同じで、闇の仕事を一生懸命に働くことになると……。
積: そうですよ。例えばアメリカのウォール街で高い給料をもらったからといっても、やがて、ストレスの塊になって、何田さんみたいな人間だったら、すぐ自殺してしまうでしょう。
何田: ということですね。闇のお仕事も結局、苦しいわけです。
それで質問です。「最後の審判」は光に行くか? 闇に行くか? と、ひとりひとりに問われる“踏み絵”ですか?
「私は光の人として働くのだ! でも苦労は嫌だ。しんどくなるから、楽しくないから、思うようにいかないのは嫌だ。」と。
では、闇の人になって働くことを選んでも、闇の仕事も苦しいわけです。
だから中途半端の状態が一番いいのだと、人間は自分で気が付いているのではないのか? と。中途半端のこれからの自分の立ち位置は、光の仕事は眩しいし、楽しそうだから、楽そうだから、やりたいなあ、と。
でも光の仕事を始めれば、辛いのがわかるから、“やり始めない”状態が一番楽ちんでいいや、って。その状態で人生が終わるのを待つのです。
積: うん? で、質問は何です?
何田: 光も、闇も中途半端なところにいる人間は、どうなるのですか? 生きている間と、死んだ後と。そこが、人間の“元気が出る”“元気が出ない”に繋がるのでしょうか?
積: その質問内容でいくと、地球上の99.999%の人は、中途半端な人達ばかりだね。
何田: その中途半端な人は生きている間に、「光の人として働きますか? 働きませんか? 」と、「闇の人として働きますか? 働きませんか? 」と、どちらか選ぶことが、“最後の審判”ですか?
積: 「闇の人として働きますか? 働きませんか? 」はありません。闇の人は勝手になるのです。自分は闇のものとして勝手になってしまって、闇の仕事を自然にしています。
だから闇の人になるか? ならないか? の選択はありません。光の人になる選択を、自分でしない人は闇の人ですね。
何田: では、中途半端な人はどうですか? 光を目指しているのだけれど、自分ではまだ闇の側にいて、けれど闇は嫌いだし、光を目指している人だから。
「光の仕事で働きたいけれど、まだ働けていない」という人が、自分の中で自分の、“最後の審判”を目指している人はどうなりますか?
積: 自分の中で自分の、“最後の審判”を目指している人は、そんな発想は“しません”。
何田: しません?
積: しませんよ。中途半端とか、なんとかじゃない。それは愚問ですよ。それは単なる、“エゴイスト”というのです。
何田: 何しても楽でいたいとか、何かを目指しても、苦しいのは苦手、辛いのは嫌、だから仕事をやらないとか、でも他人をみて、私もそういう光の仕事をやりたいとか、そういう立場の人を……。
積: そういう人を、エゴイストというのです。(エゴイスト、egoist: 利己主義者のこと。)
エゴイストの人には、外宇宙は関係ないでしょう。「私だけよければよい」のでしょう。自分の宇宙の中だけで、考えて生きています。
何田: それはわかります。ただエゴイストの人が考えて、自分も光の人になって働きたいと、光の宇宙に行きたいんのす!と…。
積: エゴイストは、そんなことを“思わない”。
何田: 思わないですか。ということは「私は光の宇宙に行きたい!」と思う人は、“エゴイストではない”ということですか?
積: 『光の宇宙』というものを、もし“たましい”が知っているなら、人はエゴイストなんかには、なれません。生まれてこの方、ずっと苦しいのですから。
何田: 苦しみは嫌だ! というのはどうですか?
積: うん、だれでも苦しみは嫌だよ。
何田: では、「苦しみから逃れたい」という自分と、「光の宇宙に行きたい」という自分がいた場合に、選択肢として…。
積: 何田さんの質問の意味がわかりません。
何田: 「光の人として働くぞ! 」と最初のうちは元気があって、意欲も、心も、身体も動けます。やる気が出て楽しいです。次第に、「思った様にいかないな」「上手くいかないな」「しんどいな」「辛いな」「苦しいな」と段々、気持ちが落ち込んで、光の道から逸れていって、元気がなくなって、やる気が出なくなって、病気になっていきます。
榊白: 闇の方向に、どんどん行きますよね。
積: はい、そうです。だから「落ちる人は落ちる」のです。それでいいじゃないの。
何田: いえ、光の方に行きたい! という人、光の宇宙に行きたい! という人が、落ちて行くとか、元気がない姿を見た場合に、その人をなんとか救ってあげようとするには、どうすれば、いいのでしょうか。
積: だから、その「救いたい! 」と思うのが、何田さんの“たましいの特性”です。
「自分も救えない人間が、他の人間を救えるわけがないでしょう!」。
と、私は、その考え方の間違いを、論理的に教えているのです。
