人間のたましいの話 その七 最後の審判3
◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千二十一年十一月 三日 配信
何田:積先生、次のご質問です。未来は、自分で作り出すことができる、誰でも未来を創造することができるといわれていますが、その未来というのは、何でしょうか?
以前に、積先生は、現在は未来へ向かってらせん状に進行していて、時間を圧縮すると らせん上の点同士は、時間を飛び越えて情報を共有できるみたいな内容を言われていたと思いますが、人間の個人でいうと、自分の未来を見ることができるでしょうか?
積:わたしの場合でいえば、見えません。わたしが十年後に生きているかどうか? もわかりません。
何田:浄化と上昇をすれば自分の未来、十年後、二十年後はわかりますか?
積:わかりません。
何田:そうですか。やっぱり、未来は不確定なのですか?
積:そうです。未来は不確定です。でも、確定している未来というものもあります。
何田さんが存在している地球の未来はどうなるか? でいうなら、何田さんが死んだ後、地球が存在しているかどうか? なんて、もはや何田さんにとって地球は関係ないから、考えなくて良いではありませんか。
何田:それはわかります。
積:でも今のままだったら、命の書に登録してあるからといっても、まだ神様の働きをしていないから、また苦しい人生をやらなければいけない可能性があります。
何田:死んだ後、苦しい人生を送らないために、命の書に登録したのに・・・…。
積:だって、何田さんまだ働いていないでしょう。
能登:何田さんは命の書に自分の名前を登録すれば、死んだ後、苦労しないで済むと思っているでしょう。
積:『命の書』には、しっかりと書いてあります。命の書に登録された名前のたましいは、やがて光の宇宙に到達する約束がなされたとあります。“やがて”なのです。
それは『光の宇宙』に至るために、それまで、たましいを成長させなければいけない。そのレベルになるまでもう一度人間をやりますか? といわれて、人間に生まれ『私の人生なぜこんなに苦しいのですか?』と、神様に問うことを繰り返すのです。人間の中にある、たましいの神性の部分、それは光の部分が成長しないかぎり、『光の宇宙』に至れないのです。
そのためには人間の身体がある間に、光の者として働くということが重要になります。
能登:何田さん、なぜ今、生きている間に光のお仕事をやろうとしないのですか?
何田:もちろん、やろうとしています。
能登:やる気あるのですか? 勇気なんていらないよ。私達、積先生から全部を用意してもらっているじゃないの。すぐに行動しないのはなぜですか?
何田:過去の思い癖、恐怖、過去の宗教的なやり方、プライドとか、考え方が邪魔をするのでしょう。
今わかりました。“あきらめていない”からです。成功するために、こうしたら成功する、こうしたら失敗するという、“恐怖”と“思い込み”が現在の正しいやり方を邪魔するのだと思います。思い癖、教義、トラウマ、恐怖などです。長いこと転生してきたけれど、実際の効果はあまり大した違いがなかったですね。
結局、解決策は自分では見出せなかったのです。その、あきらめが悪いのです。
良い未来を作るために、過去の失敗を未来で直したいのです。
積:過去と未来は、繋がります。創造力によって。修復された過去を未来で作るのではなくて、あなた自身が未来を創造することによって。重要なのは、『過去を検証した人間が未来を創ります。過去の検証をしていない人間は未来を創造することはできない。』というのが大事な知識です。
何田:創造力はつくり出すということですね。過去を学んだ上で、自分が未来を創ることが大事なのですか?
積:そうです。そうでなければ、未来を(過去より)良くするという動機付けができないでしょう。過去から学べない人間は未来を創ることができないのです。
ですから、『正しい歴史を教える必要がある』と、わたしがしつこくいっているのは、“時間は継続している”という事実です。嘘はつけないのです。
そこに沢山の人間も関与したし、神様も、もしかしたら悪魔も関与していたデータは、精神界では図書館のように記録は全部残っています。その記録が残っているということになぜ思い至らないのですか?
未来の記憶はないのです。まだ(存在して)ないから。幾つものシナリオはあるのです。未来の無数のシナリオはあるのです。しかし過去は一つの歴史しかないのです。神様世界的には過去は一つの歴史しかないのです。無数の未来があります。ということは、あなた方は自由です、ということです。どっちの未来に行ってもいいけれど、自分で選べるのです。そうでなければ、楽しくないでしょう。
何田:未来は自分で創り出さなければいけない、ということですね。未来のシナリオはあっても。
積:神様のシナリオというのは、簡単なお話しです。御国がきます。もしくは弥勒の世がきます。
これはどういうことでしょうか? 人間が苦労せずに生きていける世の中がきます。そのためには何を高めるのですか?
何田:精神性を高めて、皆が苦労なく、働いて、喜び合える世の中です。社会性とか、正直者が馬鹿をみない世の中です。
積:だからそれはどういう世の中なのですか?
わたしにとっては御国とか、弥勒の世とかには、何の興味もないのです。なぜか興味がない。それはわたしの未来ではないから。
その頃はきっとわたしは人間をしていないでしょう。戻ってくる気もないし、御国や弥勒の世で、あなた方はみんな幸せに生きてくれたらいいと思います。でもそこに、わたしの座(居場所)はないのです。みなさん幸せになってくれればそれでいい。みなさんの苦しみが無くなればそれでいい、と思っています。
