<第四章>その八

第四章 宇宙は神の揺籃ということ

その八)宇宙の所有権

一神教の立場では、この宇宙そのものをつくったのは、唯一の神というもので、当然、宇宙は神の所有物ということになります。しかし、全知全能とされる神が、宇宙をつくって、太陽系をつくって、地球をつくって、そこに人間を含む、すべての生命をつくったとすると、神には、この宇宙をつくった動機があることになります。宗教というものが想定する神には、この動機というものの情報が含まれていないように見えます。その理由は簡単で、神が動機を持つような不完全な存在だという立場で、神を考えると、宗教そのものの根拠が消滅してしまうからです。これが聖書の文明の限界で、その聖書の時代が終わると、当然のように、ギリシヤ人が神を考えることと人間を考えることを一体化した哲学というものが登場した時代の人知に、人間の神への認識は戻ることになりました。それを加速したのは、キリスト教文明圏で生まれた資本主義というものと、科学というもので、このどちらも神を前提としていましたが、それが発展するプロセスで、神はいない、という発見をしたのです。その行きついた先が、共産主義の唯物論で、いまの人間世界の文明の根拠が、この唯物論にあります。この立場でいうなら、地球を所有しているものが、宇宙の所有権も主張するはずで、それは金持ちの人間ということになります。

(つづく…)

二千二十三年 四月十四日 積哲夫 記