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「最終知識」
Thursday, January 3, 2008, 13:28
(2007.12.23 pm11:20受)

その本は
はじまりでもあり
おわりでも ある

通信-07年12月25日
Thursday, December 27, 2007, 14:44
(2007.12.25 pm10:20受)

振りかえる うしろさえも
なき ものが
ゆくべき しびとの ゆくすえ
さえも
しるよしなどは なかろうに
とっておきの ショーを
見るがよい
うろたえること なかれ

「最終知識」

Thursday, January 3, 2008, 13:28
(2007.12.23 pm11:20受)

その本は
はじまりでもあり
おわりでも ある

通信-07年12月25日

Thursday, December 27, 2007, 14:44
(2007.12.25 pm10:20受)

振りかえる うしろさえも
なき ものが
ゆくべき しびとの ゆくすえ
さえも
しるよしなどは なかろうに
とっておきの ショーを
見るがよい
うろたえること なかれ

通信-06年12月8日

Thursday, December 6, 2007, 15:48
(2006.12.8 pm1:03受)

輪廻転生
地獄の世
何かの助けを求めつつ
お祈り おすがりしてみても
助けを授かるはずはない
脱出したくば
見るがよい
浄化し上昇し
おのれの姿を
見るがよい
自らのたましいに
何が書き込みされているのかを
自らの目で
確かめてみるがよい
自分が求めていたものが
自分を助ける何かだと
けがれた汚れを抱いたまま
自らの希望する
夢物語の世界へと
去れるとでも
思っているのか
暗闇の中に置かれているものは
引き出され
自らが明るきところと
思い込んでいるものは
暗闇の下に ある
そこに閉じ込められていることに
気づきさえもしないものが
行くべき所など
あるわけがない
何かが自分を明るき所へと
連れて行ってくれるものという
甚だしいほどの勘違いをしているもの
自らの意志を持ち
たたかう勇気さえ持つことさえも
出来ぬもの
自らの生の時間が終わりさえすれば
完結すると思い込んでいるもの
自分以外の人間の問題点ばかりに
目を向け
自らの解決すべき問題点という
大きな岩山の かけらにさえも
目を向けぬもの
あなたがたは皆 嘘をついている
ぎまんや高まん
口から出てくる
そねみのことばは
全て自分へと帰ってくることになる
ことばは出したら 消えるもの
そのようなルールなど
存在はしない
厳然たるルールの中で
真理(審理)という絶対的な規律に
よってのみ
記録は今も され続けている
こころの中に渦巻く思い
自分以外の 何ものかに対して
発せられる
脅威的なエネルギーは
瞬時に対象物となるものへと
届けられる
知らない、などという言い訳は
もう通用しない
その事実について記された書が
世に出るからである
その書を手に取るも取らぬも
自由である
全ては本人の意志にゆだねられる
その書に記載されている
決定的な真理を知った者から
その人間の意識の
コペルニクス的転換は
はじまるはずである

通信-07年11月4日

Wednesday, November 7, 2007, 21:24
(2007.11.4 pm7:45受)

あれよ あまだれ
さみだれの
うんのつき世は
これ いかに
け ばな
みけ ばな
さわぎを しずめ
かん なり
いくたの つきよの
おはり
くる日も くる日も
あくせくと
みちびき たまひた
さるのよ を
いくたび みたびの
これ ゆかば
みたび たびじの
はかせぬ はかま
さわぎ しずまり
かは(わ)りを みれば
くいうち はかせむ
おはりの さだめ
きこへる みみほも
しらする ものに
ただの ありかた
みに しみて
つくる よごとの
さき とてむ
かいがいしく
せは(わ)を した はずの
みの ありようふ ほ
つくし たまひて
うらうら なりに
つてほ たどりて
あらそひ なくは
うらべ うらべの
はな ときたまひ
しん らん つくりた
よき よの ために
さだめ みさだめ
ありよの なくは
つくす みよ あり
けがれも さだめ
つくした みをも
こがれた みをも
さだめ さだめと いうなりに
あきの みほをも
ゆふがひし
さらなる いへんと
ともに いき
しまじま たつとも
さきはい あらず
もどりた みちほも
しらべは あらず
あるとき さだまり
くるひの なきもの
みへやぬ みちの
おはりほ さだめ
みちの ありかた
問ふ ものは
けしん はからふ
つげたし おはり
きの もちよふと
みの もちよふが
まさに とくひもの ごとき
おはりを つげる
みへぬ とも
みへざる ともの
うれひほ おびた
もみぢ ふみしめ
いくたびの
おはり つげたし
みん よの ために
あな さだめなり
わが こころ
うつす くるすは
みの さだめ

ひつく文書-07年11月4日

Wednesday, November 7, 2007, 21:22
(2007.11.4 pm7:43受)
 
これも 何かの
因果かの
先生に よろしく頼むと
言うておる
向かった先の その姿
きわめた ものには
わかる じゃろ

通信-07年10月17日

Wednesday, October 17, 2007, 21:04
(2007.10.17 pm6:03受)
 
深い淵へと いざなわれ
しんぴ くもつの
はざまの かるま
きく ものどもに みな
きくみみ もたせ
すりこぎのごとく
すり あわせた
まの ものに
みみ みみをかせ
うるものは うりはらい
たまの あつかいは
みな おなじ
てあし なくした
はへんの ものに
つまらぬ てだてと
くちだし 無用
はからずも
まとまりの ゆくすへに
さきの およばぬ
あすは なし
おわせる かるまの
おわりを しらず
ちのもの ものみな
けしさり たまへ
くるまの しゃりんの
まわるの もとは
きれる ことなき
じゅんかんの わに
とらうる ものへの
つうこく しめし
はずるる ことなき
さだめの みちに
りんねの しめする
さとりは あらず
くもの うえから
みること なしに
つかわれ はへんの
ちりと なる
つるの のびゆく
そのさきの
つける はなみの
いみをも しらず
てきどに しり
てきどに しらず
いのちの もやする
やくめも しらず
きこへる みみさへ
もつこと なしに
とじる まくをも
しること なしに
きよ しめされた
いみをも しらず
あな すがしき
よの みちをも
しることも なき
かへる みちさへも
のこされる ことはなき
もゆる ひのなかに
おとされることも
なき
はかられた その
おもさの いみをも
しることは ない
ものの その
ありように
しめされた
その ありかたの
しめし たまはれる
いみをも しらず
うごき つかまつる
その いきをも
たえることは
ない
まつりは おは(わ)り
のこされる ことも
ない
あとを かたづける
よういを じゅんびする
ごうれいは
すでに
かけられている
それを
しるが よい

ひつく文書-07年10月6日

Friday, October 12, 2007, 11:27
(2007.10.6 pm4:55受)
 
大じけんが
ぼっぱつしておる
重大発言が なされておる
ヘリコプターじゃ
ヘリコプター
みている あいだに
どぎもを ぬかれるぞよ
あれほど さんざん
いうて おいたのに
まだ わかって
おらんのか
たすけを もとめて
とりすがり
おねがい きいて
もらえるとでも
おもっているのか
みえないちからで
操られ
それに気づけと
いうておる
ばくだん はつげんを
したもの
おねがいを きいてもらえると
思うていたら 大間違いじゃ
どぎもをぬかれて
しまったぞい
すっとぼけては
しょうちせん
いきて いきとし
しにがみを
よび 集めなさったな
たすけを もとめて
とりすがる
のこりのいのちの
なきものが
じゅんかんのわのなかに
おとされることを
みずから希望して
すべてを 放棄 してしもた
おたけびは もう
とどかんぞ
さいごのさいごに
かちのこる
その チャンスを
台なしに しおってからに
もったいなくは
ないのじゃろう
うえから ながめ
見ることを
みずからの意志で
放棄しなさったのじゃから
はげあたまの
その ばしょからは
にどと
はえては くるまいな
はやく やくめを
おえたまへ(え)
いつまでも じかんを
くっている場合で ない
すんだ すんだと
よろこぶ 先に
待っているのが 何なのか
知りたいのなら
知るがよい
おえつする こえの
なかに うっすら
きこえて こんじゃろか
あなたが さきに
しねばよい
ひとのおもいは
それほどに
おんねん むねんを
のこす もの
かならずや
意識の域を 占領し
征服を もくろむものと
なるであろう
あなたが めざする
まつりぬし とは
しびとの おもいの
かたまりを
処理する やくめを
負うものです
わかっているのか
いないのか
あなたが 操作を
する では なくて
はいってきたもの
処理する しごと
それが 正しき
はたらきの
まつりごとを
するひとです
ご理解を して
いただけましたかな
さっそく 仕事と
いうこと じゃ
おかねを しはらいなさったから
けいやくかんりょうということじゃ