2023年8月17日pm8:35受
“どこかの誰かに、
その負債のしわ寄せが
行きませんように、” と、願っておりましたが、
自らの次の世代の方達に
その重荷を背負わせることになるのだろうか、
という気がしてなりません…。
(正直なところ、自分の所で、終わって下さい、
というのが、「願わくば」というお話、
だったのですが…。)
自分の親の世代の方達が、
「自分の価値観が正しいものだ」
という、その盲信を、
孫世代の人間に押し付けるという、
その傲慢さです。
自らの、ゆがんだそのセオリーのようなものを、
さも正しい事であるかのように、
(ある種の洗脳のように)
押し付ける、という行為です。
話を聞いているだけで、猛烈な
疲労感に、さいなまれるのですが、
それでもそれは、
“自らが親を選んで生まれてきた”
という結果、なのでしょう。
これから生まれてくる子供たちに
出来ることであるならば
その負債を背負わせることがないように、
したいところなのですが、
それらの事は、無理な話、
ということなのでしょう。
子供たちにとっての、
希望のある未来、というものを
親がちゃんと用意をしなくてはならない
という事は、重々に、分かっているつもりなのですが、
この、荒れ果てた、人間の意識の状態の中、
どのように修復をしたらよいのかを、
ほとんど途方に暮れた状態で、
考え続けております
あまりにも理想とかけ離れた
この現実世界の中で、
一体、どこから何を、
手に付けて 改革を始めなくては
ならないのかを、
ただただ、呆然とした状況のなかで
考え続けております。
未来に対しての明るい希望を
持ち「続ける」ためには、
勇気が試される、ということは
まさにこのことなのでしょう。
いかがわしい動機を、
ほんのひとかけらだけでも持った時点で、
潰される、というのは、まさにこのことなのでしょう
“目を覚まし(続け)ていなさい。”
ということばの意味を、
ひしひしと 感じずには、おられません、
ということなのでしょう…。