「あてててて!」
始業直後、閑散としたオフィスに呻き声が響いた。
仕事の手を止めて隣の席を覗き込むと、SHIRAOさんが右膝を抱えて、椅子の上で大柄な背を丸めている。
「? SHIRAOさん、どうしました?」
「膝が痛いねん…」
「あらまぁー…」
「たぶん、神経痛や。膝裏にできもんができててな」
ほらここ、とズボンの裾を膝上までまくって見せてくれた。
つんつんしてみると、かなり腫れている。しかも妙に硬い。色も黒い。それがどうも痛覚神経を圧迫して、神経痛が起こっているらしい。痛みでかなり歩きづらそうだ。
「…これ、もしかして静脈榴では? 割と大きめの」
「手術しなあかんかもしれんな…」
「大変じゃないですか。病院に早めに行かないと」
「それがなぁ、忙しくて当分行けそうにないのや」
聞けば、週末から東京のシンロジカルセミナーに出かけて、ついでに首都圏の家族や、借りたままの部屋の様子を見に行き、そのまま次の週は帰ってこれないという。
カレンダーを見ると、今日は8月4日水曜日。つまり…
「お盆明けまではSHIRAOさんには会えない、と…」
「そういうことや」
「でも、歩くのも辛そうじゃないですか」
「athleteシールでなんとか誤魔化してくわ。たぶん痛みがマシになる気がするねん」
「えぇぇ…」
無茶である。よろよろ辛そうに東京都内を移動するSHIRAOさんの姿を思うと心配で胸が痛むが、どうしようもないので、旅の無事をお祈りするよりほかにない。
そんなこんなで、SHIRAOさんは東京へ旅立ってしまい、帰ってきた本人と顔を合わせたのが十三日後の8月17日であった。
「十日以上ぶりやな」
「ホントだ」
思っていたより元気な様子で帰ってきたので安心した。
athleteシールは随分役に立ったらしい。かなり痛みがマシになったという。
「でも、痛みがマシなうちに、早めに病院行ってくださいね」
返ってきたのは生返事であった。ううむ、心配である。
そして翌々日の8月19日。ちょっとした異変が起きた。
「膝の痛みはマシになったんやけどな、これ見てくれる?」
「ん?」
実はSHIRAOさんは、東京のシンロジカルセミナーの後、ご家族のところに行って、その後群馬の秘湯温泉まで旅行に出かけていたらしい。その湯治が相当よかったらしく、膝の痛みはそれもあってだいぶマシになったのだというが…
「今度はここが痛くてね」
見れば、後頭部にめちゃくちゃ痛そうな腫れものができていた。
「患部が移動してる…?」
その時、首を傾げた私の脳裏に何か閃きのようなものが過ぎった。
これ、たぶん魔物ちゃう?と。
上昇をしていると、痛みと共に体の中を這いまわる何かの感覚をたまに感じる時がある。
そういうものが体の場所を変えると、最終知識に書いてあるように、体の免疫系が「ここになんかいるぞ!排除だ!」と免疫系を働かせて、それが移動した場所に炎症反応を起こすのだ。そういうできものができたという時には、問題のできものを触ると魔的な波動を感知することができる。
私の場合は、手のセンサー系がなんとなく痛みをもって知らせてくれる。
という訳で、何やら魔物の類のものが、SHIRAOさんの体の中に入り込んでいて、虫のようにあちこち移動しながら居座って、本人の体がそれをどうにか追い出そうとしているように見えたのだ。
「これ、ダークシールを貼ってみたらどうですか」
「あ、そうか、せやな!」
早速SHIRAOさんがバッグから3センチ大くらいのダークシールを取り出してぺたっと頭に貼ると、びゅっとSHIRAOさんの後頭部から黒いものが勢いよく飛び出して、私の顔面に激突したように感じた。
ぎゃあ、二次被害…! でもやっぱりなんか小悪魔っぽいやつだった!
生き物めいた動きに確信する。ただ闇やネガティブなエネルギーが溜まっているだけでは、こんな出方はしない。
しばらくしてから、「見て、腫れ引いたで!」とSHIRAOさんが腫れていたところを見せてくれた。1センチ径で腫れていたのが5ミリ以下くらいに小さくなっている。
痛みもほとんどなくなったらしい。やっぱりなんか取り憑いていたみたい。
さすが、除霊のイコンと言われるだけのことはある。
あっちこっちに黒いエネルギーや意識体が入っているので、2センチ角や3センチ角シールの使いどころはわりと多いのだった。