2025年3月1日の通信

2025年3月1日pm0:30~受

表現者になりたい、と

思い願うものの多くが、

そのたましいを 何ものかに

売り渡してきた(あるいは売り渡している)

という事実、

お金持ちになりたい

名声を手に入れたいと

思い願うものの多くが、

その願望の達成のために

何かを捨て去り

自らを 何ものかの 手先として

差し出してきた、というお話

あなたがたの その意志と行動の

方向性というものが

どちらを向いているものなのかが

自覚することすら出来ないもの

である限り、

何ものかの手先として、せっせと

はたらき続けることになる

という事なのです、

おカネが欲しい

有名になりたい

超能力が欲しい

自らの希望する欲望を

満たして欲しい

それらの発想の元となるものは

一体、何なのですか

ということなのです

裁きの日は近い

全ての事実は、露(あら)わにされて

日の下において

曝されることになるのでしょう

今さえ良ければ

自分さえ良ければ

というその行動原理というものが

集団の心理として形成され

それらが ある種のネットワークとして

網目のように存在し、

その、からめ取られた蜘蛛の巣のような

構造の中に

捕えられ続けているという事実に

自分自身が気が付かない限り

そのいのちの時間が、ついえる時が来るまで

その場に留め置かれるという

ことなのでしょう

あなた方に残された時間は

限りなくすくない、といい続けている

その事に

気が付く事が出来ない限り、

永遠の暗黒のような場所に

さらされ続けることになるのでしょう

見たいものしか見たくはないもの、とは

そういうことなのです  (~pm0:43)