<第四章>その二

第四章 宇宙は神の揺籃ということ

その二)ブッダと宇宙

人間が意識することで、この世が現実化しているかもしれない、ということに、はじめて気付いたのが、ブッダと呼ばれる人でした。このブッダの到達点に、改めて、人間の科学というものが近付いたのが、現在の地球の知識水準です。モノや意識があるということは、そのもとに、テーマ、または、カルマというものがあると考えることができるという知にブッダは到り、時間と物質というものが存在するこの宇宙の存在そのものと、自分の存在の間に同質のものがあると発見したのだといえます。いま生きている人間は、自分の人生に、この地点から挑むことができるという幸運に恵まれています。時間と物質の関係性が解明されれば、人知は、宇宙の存在そのものも解明することになるのでしょう。ここで、この宇宙を考える前に、人間を生存させている、この地球にも、意識のようなものが、あるのか、というところにまで興味の対象を向けると、日本の神話の神々が、太陽であったり、月であったりして、地球の大地や海を主宰する人格神が伝えられていることに気付きます。つまり、地球にも太陽や月や、その他の火星や土星、木星などの星々にも神が宿る、または、神そのものとする物語が地上に置かれていたのです。この太陽系という地球を含む、星々のグループが、ひとつの宇宙船のように、宇宙空間を旅しているという姿は、地球に意識があれば、その他の天体にも意識があると考えることを許容します。宇宙に出たブッダの意識はそこまでは知っていたようなのです。

(つづく…)

二千二十三年 三月三日 積哲夫 記