〈プロローグ的モノローグ〉8

父の死によって、積賢治少尉と共に戦った多くの日本兵の霊が、その小宇宙の中の居場所を失って、息子の体内に移行したと想像してみてください。まだ十五歳の少年は、突然、死者の世界の波動の中に捕われたのです。何だか、いつも、死のことを思うし、父の死で自分の未来も黒く塗りつぶされた気になる、うつ的な気質は遺伝するらしいことも調べて、自分も自殺かな、と思う…。そんな時間が長く続いたので、引きこもりたい人間や、落ちこぼれていく人間の脳内で起こる現象の原因に、霊的なエネルギーが大いに関係していることは、たぶん、それなりに理解していたのでしょう。人間世界に、その知識があるのかと、あちこち調べて、宗教やら、哲学やら、唯物論まで、本は読んでみたものの、どこにも知りたいことのデータはなく、当時の少年に生きる力を与えてくれたのは、あのベートーベンの交響曲や四重奏でした。後の作曲家の多くが感情的なのに、それらは論理的に聞えたのです。その頃は、頭の中に死の誘惑が生じはじめると、それと戦うためにベートーベンを聞いていたような気がします。そういう強さを見つけられないと、脱出できないほど深い闇が、そこには広がっていました。

(つづく…)

二千二十二年 七月八日 積哲夫 記