82.精神性

 私達夫婦の変化は、旅先にも現れていた。
私達は年に数回は旅行をするが、今年の夏は山間にある小さな町を訪ねた。

 昔は、派手なアトラクションがあるようなところやメジャーな観光地に旅行していたが、最近は比較的静かなところを好んでいくようになった。観光客が少ない静かな海や湖、田舎の山々などといった自然の多い場所、またはあまり知られていない神社仏閣などにもよく訪れた。
 私達は二十代後半の夫婦で子供はいない。同世代から見れば地味だと思われるかもしれないが、いつしか私たちは派手な場所や騒がしい場所はお互い好まなくなったのだ。

 旅先では山間の町の中を散策しながら、その土地の歴史や文化、特産物などを知り、また人々の生活やその土地にある文化的建造物などを観光した。その後、人里から離れていくと田園風景が現れた。雲一つない晴天の中、そこは綺麗に区画された田んぼが一面に広っていた。まだ黄緑色した穂をたわわに付けた稲が微風に揺らされさわさわと音を奏で、同時に近くの用水路を流れる水の音がさらに心地よい音を響かせていた。私は、

「のどかで気持ちいいね。」

と言うと宙美も、

「空気が美味しいね。空が透き通ってる。」

と空を見上げながら応えた。私達は少し丘になっている場所にある大木の木陰の下でしばらく休憩することにした。

「何だか、何処かで見たような風景ね。私たち前にもこういうところ来たことあったかしらね?」

と宙美は目の前に広がる田園風景を遠目で見ながら私に何気なく話してきた。
私は、

「そうだね、何か分からないけど懐かしさを感じるのは不思議だね。
こうやって見ていると普段の生活と対象的でこころが洗われるよ。
現代社会は何かと忙しくて雑音だらけで自分を見失ってしまうけど、こういうところに来るといろいろ考えさせられるよな。」

と応えると、宙美は田んぼの稲を見て、

「そうよね。目の前の景色が普段とは対照的ですものね。
でも、こういう風景を見ていると農家の方々のご苦労のお陰でいつも美味しいお米が食べられることに感謝しないといけないわね。当たり前のようにお店で何気なく買っているお米だけど、当たり前であることがどれだけ大変なことか分かっていないのが今どきの人たちのよくないところよね。
 今の日本て一次産業が衰えているでしょう。本来、生きていく上で最も基本となる農業がしっかりしていなければならないと思うけど、現代人の中にはそれほど必要性のないビジネスを起こして、お金を稼ぐことに必死よね。如何にお金が儲かるかということが基軸になってて、まるでそれが生きる目的になっている人達も多いし。
 別に、お金稼ぎは悪くないわよ、どんどん稼げばいいわ。でも稼ぎ方の面で何か不純な側面を感じるし、それとお金の使い方にもね。」

私は宙美の話に共感し、

「そうだな。多くの人がお金稼ぎを目的にしていて、極端な言い方をすれば、法に触れていなければ何でもありと言った風潮になっているようにも見えるし。みんなやはり目的を見誤ってるんじゃないかな。
 それと、本来法律で何でもかんでも縛り付けるのもおかしな話だとも思うんだ。逆に、法律で縛らないと人間はやりたい放題で自制が効かない、つまり、それだけ現代人は人として善悪の判断ができない劣った存在だと言うことなんだろうね。そう言ってる自分も怪しいね。もちろん、まともな人も沢山いるけど、結局お金を多く稼ぐものが正義みたいな世の中の流れに逆らえないのかもしれないな。
 多くの富を得たものの中にはずる賢い人間や悪意ある人間がその財力を使って世の中をコントロールしているようだしね。例えば、政治家をお金でコントロールして法という縛りを逆に利用して自分の都合のいいものに変えていき、さらに儲け、さらに力を付けていく。悪循環だよな。」

と返した。宙美は、

「そうよね。」

と言って相槌を打ち、私の話を静かに聞いていた。

「このことを深く考えると、結局問題の本質は人間の精神性にある気がするんだ。大金持ちになるのいいし、大会社の社長になるのもいいし、偉い政治家になるのもいい。でも、その人たちに高い精神性があれば誤った道には向かわないと思うんだ。多くの富や権力などの力を持つものはそれに見合うだけの精神が伴わなければいけない。でなければ自制が出来ないし、正しい判断が出来ない。皆悪魔の誘惑にさそわれてしまうと思うんだ。それに立ち向かうためには、きっと、とても強い真の勇気や正義が必要だと思うよ。
 僕があのとき古本屋で読んだ本の一文は、真理だと感じたんだ。死んだら無くなるような富や権力やお金ばかり追い求めても何の意味もない。
きっと精神と言うものを正しく成長させることが、人の中にある普遍的、永遠的なものを正しい場所へ導いてくれるのだと思うんだ。
 皆がそのことを意識すれば、そこに価値観を抱けば社会はきっと大きく変わっていくと思うよ。
 でも、そんなこと言っていると世間からは変人扱いされるだろうね。」

と、私は思いの内を話しながらも心の中で、これは単純ではない人間のとても根深い問題が潜んでいるのだと感じていた。宙美は私の話しに対し、

「でも、あなたが読んだ本の「精神の成長」って言われてもだれもピンとは来ないんじゃないかな。私が思うのは、きっと人間同士でぶつかり合ったり、協力し合ったり、愛し合ったり、喧嘩して仲直りして、とか人間として当たり前の経験の中から得られる物なのかしらね。」

と応えた。私は、

「そうかもしれないね。
こんな人間社会の中でも、自分の行いや自分の内面を正しく見つめ思考し普段の生活で改めるべきことは改め、誠実に生きていけば、本来自分がやるべきことがみえてきたり、必要な時に必要な経験にめぐり合えるように思うんだ。
その時はそれを受け入れ進んでいけば、きっとそれが精神の成長に繋がっていくんじゃないかな。」

とだけ応えた。
 私は正しい精神の成長というものを常に求めて思考し生きていけば必ず辛い経験や紆余曲折もあるだろうと思った。しかし、それを一つ一つ乗り越えることが精神性のステージを上げていき、それを繰り返すことできっと今までとは違った景色が見えてくると信じていた。
 だからと言ってそれに対し構えすぎず、それを楽しんで人生を送れば間違った道には向かわないであろうと考えていた。
 それが現段階で私が出せる人生と言うものの精一杯の答えだった。

 それから、しばらくの間私達は静かにこの穏やかな時間を味わっていた。