2025年6月28日の通信

2025年6月28日pm4:45~受

おうちの家庭環境が よろしくないと、

子供は常にピリピリとした緊張状態の

意識を強いられる。

そこに、安心感や、リラックスというものは、

みじんも存在していない。

常に意識が 戦場時に

置かれているような 状態で、

吐き気をもよおすほどの 緊張感を

強いられることになる。

限界的な意識状態が続く限り

安堵と安心の出来る時間は、

もたらされることはない。

極限の 高ストレスと、緊張感の中で、

意識を保つために

何が必要なのかというと、

その異常な状況が、平時であると

自分自身に言い聞かせて納得を

させるしか 方法は、ない。

極限まで 追い詰められた

意識状態というものが、ある時

突然に、何らかの特殊能力といったものを

獲得することになる

それはギリギリの極限状態において、

生存を維持するために、

突然にもたらされた能力という類のもので

本人がそれを得ることを希望して

もたらされた能力ではない

特に幼児の頃から、そういった

極限的な高ストレス的状態に

常時置かれて、さらされ続けてきた人間には、

ある領域における

何らかのスイッチが入りやすい、ということ

本人の自意識とは全く無関係なところで

そのスイッチが入ってしまうと、

その能力を基に 人間世界で生きてゆくことになる

ということ。

ある種の極限的な 危機的意識状態が、

そういった特殊能力というものの

スイッチを入れてしまうことになる、ということ

人間世界においては、それらの能力を

得るということは、幸せな人生とは無縁に

生きることになるということであり、

一般社会で一般的な生活をしている人達とは、

かなりかけ離れた生き方を

せざるを得なくなる、ということであり、

何を基準にして それらの能力を

幸か、不幸かという判断基準を

置くこと自体が、正しいものではない

要するに、そのたましいの持ち主となる人物が、

一体、何を全うしなければ

その生き方を終了することが出来ないのか

という事であり、ご当人にその自覚が無い場合においては

かなりの苦労と共に

その人生を生きることになる

ということである

多くの人間が持ちたがり

手に入れたいと思い続けている

特殊能力というものは、

持つものにとっては、かなりの高ストレスとともに

その人生を全うしなければならないものであり、

その事実を知らないもの達によって

妬まれ続けることになるということである

選ばれた者に、その能力が授けられるのではなく、

それをしなければその人生を

全うすることが出来ないからという論理的な

帰結のもとに、もたらされているものである

ということである