随神の道

 

〈神ながらの道〉

『人生には苦悩あり、哀しみあり。それらはすべて生まれし時に自分が持ってきたもの。自分自身の学びと喜びの種である。(ありがとう) (おかげさま)                                                 その心を感じるために、苦悩と哀しみを持つことを許されているこの人生。人との出会いも出来事もすべては自分の為にある。そう思えば考えも生き方も変わり、その最終章さえ輝きを増す』 1995年元旦 硯石を横にするすると書き留めた高田弘子さん。夢や不思議な体験からメッセージを受け取り、暮らしの中で努力を重ねてきた。しかし自身のからだを病がおそった。がんを宣告され、胸に氷の柱が突き刺さったようなショックを受ける。それを簡単に消すことなど、できなかった。今でこそ告白するが、その時は他の人にわかることなど出来ないほどのショックだろうと思える。自分もそんな状態だのに、余命宣告を受けていた人に寄り添い、「些細なことでいいから、ノートにその日のありがとうと思える事がらを書き留めて、毎日書き続けるよう」日記を書くことをアドバイスした。夫婦仲が悪かったある女性のはなし、夫にありがとうの言葉を一言も言えずに苦しんでいたらしいが、亡くなる最後の日に、女性は気を失いかけていた自分の肩を抱いて呼吸を促していた夫を目の前に見た瞬間、感謝の気持ちがあふれてきて「ありがとう」が言えたという。夫婦は、最後の最後に分かち合うことが出来た。女性はがんで命を落としてしまったが、心は、魂は高田弘子さんと出会ったことで救われたのでは、と思った。一方高田さん自身は、手術を受けるため自宅から遠い地に専門医を訪ねることが決まっていたが、幾人かの末期がんの人と出会い、我を忘れてお世話をした。自分のことを後回しに西に東に走り回るうちになんと、がんが消えてしまったというのである。予約していた手術を受けることもなく、奇跡的にがんが治ってしまっていた。