神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【第二百二十五回】

 

光と闇の分離  その五  能力

◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千二十一年 六月 二日 配信

 

 

:この精神学を学ぶ人なら誰でも、やがて、わたしの能力を持つようになれます。昔からそうお伝えしています。

 

能登:それでも何田さんが、自分は積先生のようになれないと思うのはなぜかしら?

 

:それは何田さんがアーナンダだからしょうがないのです。出発点が無知だから。ただ衆生の苦しみの元は何田さんのこういう発想にあることに間違いはないでしょう。わたしがこれだけ教えてあげているのに、ずっと下で留まっているのだからね。ははは。

 

何田:そうか! わかりました。精神というのは自分の中にあるものという存在でなくて、はたらき(はたらく)という状態をいうのですか!

 

:人の中にあるのは、たましいと意識です。その、たましいがきちんと発芽したら、神性が生まれるでしょう。神性が生まれて、それを磨くことが精神性を高める、ということです。ですから、精神性を高めるためには、浄化と上昇と、神様のお勉強をしていてもダメなのです。人の世の中で働かなければいけない。人の闇を背負って、初めて精神性というのは高くなるのです!

 

何田:この地球すべてが魔界の中で、その魔界に対峙して、光として働くのでしょうか?

 

:当然です。そんなの。わたしの人生の、この苦しみを見てみなさい。

 

何田:光文書(Vol.742勇気の意味)に、勇気がないって記述がありました。

 

:勇気は、行動するために必要だと思いませんか? なぜ、皆さんは行動できないのですか? 答えはすごく簡単です。『負けると思うから』 です。何田さん、あなたが人生に負けたら(負けたと思ったら)、失意のうちに自殺するかもしれません。

 

何田:確かにそうです。

 

能登:最近、何田さんが昔は神様のお話しをしても反発する人ばかりだったのに、ここ最近、神様のお話に興味を持たれる人が急に増えていると言っています。

 

:それは時代が変わったからです。最近、地球全体の位相が変わったからです。それは精神学が二十年間で、この世の中に影響を与え続けたからです。精神学は、実学だとお伝えしています。現実的にこの世の中の、地球全体の波動を変えているのです。

 

何田:確かに波動が変わっている現象がたくさん現れています。皆さんから神様のお話を聞いてこられます。でも、神と共に働く勇気は持てないと思います。

 

:神と共に働くと、十字架にかかる、ということに怖れを抱くからです。

 

何田:ああ十字架ですか。日本で言うなら周囲から、無視されるとか、邪険に扱われるとか、いじめられる、ということですね。

 

:だからね、正しいことをこの世の中で行おうとすると、必ず十字架の恐怖が目の前に現れます。たとえばトランプ前大統領のSNSからの排除などです。しかし十字架にかけられる逆境の中でも、ちゃんと勇気を持って戦い続けている人達もいます。そういう人達が増えることで世の中は変わっていきます。地球規模で人間に対する試練が続いています。(聖書の)神様が何千年も苦しんできた問題がそんな一朝一夕で解決がつくわけがないでしょう。けれど、今、私達はその変わり目を見せていただいているのです。それなのに、これだけの環境を整えられて、それでもあなたたちは働けないのですか? ということが問われているのです。

 

何田:つまり、こういうことでしょうか? 私達は十字架にかけられるのが恐いから。その原因は死んだら裁かれるということを知らないからでしょうか?

 

:そうです。あなたたちが十字架にかけられたとしても、きちんと神様が引き上げてくださるということを信じられるのか、それを信仰というのです。『命を差し出します』というのが信仰なのです。正しい信仰を持っている人は死を恐れないのです。

 

何田:それは宗教ではないのですか?

 

:それは、宗教ではありません。神様と自分が繋がっていたら、『私の命はこのためにあったのですよね。しょうがないけれど戦って死にます』という覚悟ができるのです。わたしが光文書でずっと書いてきているのは、そうやって死んだ者達が光の世界にちゃんと引き上げられて、今、働いておられるということをお伝えているのです。だから死は終わりではないし、生きている間にどういうことを為(な)すのか? という時に、ちゃんと天は見ておられます。

 

何田:(涙が出てとまらない)・・・。

 

:泣かないでよろしい。

 

何田:本当の光の神様に引き上げられて・・・…。生きている間は、本人がわからないのが問題だと思います。

 

:浄化と上昇がちゃんとできるようになったら、その覚悟が育ってきます。何のために神様と出会う必要があるの?

神様は約束を裏切らないために、接触してくるのですよ。もしくは神様がこの地上において、あなたたちを代理人として為(な)したいことがあるから、接触してこられるのですよ。十字架にかかる恐怖が一欠片(ひとかけら)でもあなたたちにあったら、どうなるかは聖書に書かれています。その先に進む力、それをわたしは『信仰』といっているのです。信じて仰ぎみるものがなければ、人間なんか生きていたって何の意味があるのですか!

 

何田:私は何のために生まれてきたのか? でしょうか。本当の人生とはそういうことでした。よくわかりました。ありがとうございました。

 

:聖書という本があって、最終知識という本があるのです。わたしがしつこくお伝えしている意味がこれから歴史的に検証されて、ああそうだったのだ! と皆さんが理解されるようになるのです。そういう知識があるのは、精神学協会だけなのです。『聖書に書かれていることが起きます』と、わたしは皆さんにお伝えしたのです。二千二十年のアメリカ大統領選挙で、現地で闇の勢力と戦われておられるイエス様はキリスト教会をもう認めていないから、教会のとびらは閉ざされバチカンの時代も終わります。ひとりひとりがイエス様に会える時代に、神父という代理人(神と人をつなぐ役割)は必要なくなりました。