神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉 【第二百十四回】

 

 

世界はどこへ その八 たましいの叫びと精神の波動

◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千二十一年  三月 十七日 配信

 

 

何田:積先生、人間は自分のたましいに光が増えてくると、人生は楽しくなりますか? 元気になりますか?

 

:そうなります。たましいに光が満たされれば、生きていることが楽しい! と自覚できるようになります。もちろん、邪悪なことをやって、楽しいという人も、世の中に少しはいるのです。人間世界にはサイコパスみたいな人は存在するのです。でも、ほとんどの人はちっとも楽しくないのです。他人の苦痛が自分の快楽だ、なんて感じられないのが普通の人間なのです。「最終知識」には書いてあるでしょう。地球の反対側で、誰かが苦しんでいたら、それを感知する能力を人間は与えられています。だって同じ人間なのだから。だったら、地球で生きている人間はみんな幸せになった方がいいでしょう。なぜ、そんな簡単な原理に(人間は)立てないのですか? 神様というのは、その原理を約束してくださっているのですから。そうなるよ、と神様は約束されているのです。

 

何田:精神学を学んで、自分のためになることについての質問です。 たましいの叫びを押し殺して生きていると、その抑圧された波動は、実際自分の精神や、自分の周囲の人間や環境に影響が出ますか?

 

:影響します。自分も不幸になるし、周りの人も不幸になります。よくよく考えてみなさい。あなたは鬱屈(うっくつ)した人間と一緒にいたいですか? (鬱屈(うっくつ):心が晴れ晴れせずにふさぎ込むこと)

 

何田:鬱屈した人間の精神波動は、人間関係だけでなく、物質関係にも・・・…。

 

:影響します。精神の波動というのはね、エネルギーだから、周辺の生物や物質に影響します。だから農作物だって、農作物のほうから、携わる人間に好き嫌いがあるって、農家の人はよく知っておられます。

 

何田:世の中、大変な時代になりました。農作物も一生懸命に農家の人がおいしく作られても、その材料を料理する人に闇が多ければ、その・・・えっと。

 

:そうですよ。料理人の性格が悪ければ、料理もまずくなります。そういうことが普通の人間に感知できる時代になったのです。それで、このことでアメリカ人の味覚音痴に変化が生じるはずです。アメリカ人の舌が本当においしい食べものが正確にわかるようになります。そこで日本食の文化が、アメリカに影響を与えます。 神様と出会った人間は間違いなく味覚も敏感になります。

 

何田:えっ! そうなのですか? 神様と出会っただけで??

 

:そうですよ! 当然です! 神様と出会うということ。神様と出会えた人間は、昨日のあなたと違うのです。その理屈をよくよく考えてごらんなさい。あなたという自分が神様に近づいたから、神様に出会えたのです。あなたの精神も、こころも、からだも 光に近づいた証しを示すはずです。精神学を学べば、エネルギーの観点からそういうことが、相互作用で同時に起こることが、よくわかるようになります。だから、精神学からみれば、当然、自明の理です。

 

何田:精神学で考えれば、自分つまり人間と、神様と、味覚とつながりが、精神性の高さというか、自分の性格の良し悪しで、決まるなんて面白いですね。へー理屈がわかればなんか楽しい感じです。これが、おいしいという食べ物は、誰が食べてもおいしいのですね。

 

:おいしいですよというより、「これは光パンです。食べてみて」といって食べてもらえれば、それでその人のたましいの光の部分と、からだの意識がわかるのです。ああ、これは光の食べ物だ! って。もっと食べたい! って、誰でも要求するのです。それは大人より子供の方がよく理解します。

 

:もうすでに現在は終末期なのです。大変なことがこれから地球的規模で起きます。しかし、光を求めている人達にとっては、とても良いプログラムが進行しています。もう出口は見えています。

 

何田:積先生、過去の二千年は濃いですか?

 

:めっちゃくちゃ濃いです! この宇宙は生物を作って、人間まで進化させて、やっと神というものを考えられる頭脳を獲得しました。イエス様が十字架に架けられてから、この二千年間でやっと科学は、この宇宙に意志があるということに気がつきました。そしてそれを、実証できる段階まできたのです。そのタイミングで聖書の役割を終わらせる書、「最終知識」が世に出ました。精神学の立場から考えれば、「最終知識」が世の中に出た時間(とき)は、人類が一段階成長した証しでした。だから、私は「最終知識」以降に生まれてくる子供達のたましいは、ちゃんと光と闇を分別し、闇を浄化する能力を持っている新人類だ、とお伝えしています。

もう、「最終知識」の前と、「最終知識」の後は、全く違う次元なのです。その差が顕著に、あらわれ始める境目の年が二千二十一年です。この二千二十一年から、本当の神様の地球のあたらしい物語がスタートします。その物語を、私はみなさんにお伝えしています。

その、あたらしい物語を知って生きているか? 知らないで生きているか?

天は、ちゃんとあなたのこと(言葉と行動)をお見通しですよ!

と私はお伝えしています。