神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉 【第二百二十八回】

 

光と闇の分離  その八  精神学がわかる人とわからない人2

◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千二十一年  六月二十三日 配信

 

 

:人はそれぞれ、心がその人の精神世界の時代を映して、自分の人生を生きています。それは例えれば、日蓮宗を信じて生きている人にとっての心、精神世界を映しているのは、日蓮様が生きておられた時代のルールでしかないのです。つまり日蓮様の知識を最新情報として、その精神世界で二千二十一年を生きている、ということです。だから、最終知識という最新情報に、人の知識情報を書き換えない限り、精神世界つまり心は昔のままだ、ということです。今(現在)の精神世界を心が映さない限り、精神学には興味を示さない、ということになります。

 

何田:『精神学は、宗教ではない』ということは、どういうことでしょうか? 宗教と、精神学の違い、についてです。宗教を知らないという人の方が、精神学がわかるのでしょうか?

 

:それは関係がありません。宗教を知っていても、知らなくても関係がない。それは『たましいに書き込まれているから』です。精神学に興味を示す人は、たましいに神様のお仕事がある、と記されている人なのです。

 

何田:積先生、もうひとつ質問です。未来がわかりたいのです。人は日ごとに未来に不安を大きくしながら生きています。少し未来が見えれば、安心すると思うのです。どうしたらいいでしょうか?

 

:わたしがなぜ予言をしないのか、わかりますか? わたしは未来を知りたいなんて思っていないからです。

 

何田:そうなのですか?

 

:そうです。だって、未来は確定しているからです。精神業界における未来は、もう確定しています。だからわたしは予言者ではない、といっています。時間とか事象のずれはあると思いますが、闇が光に勝つなんてありえないのです。なぜ未来を知りたいのですか? 皆さんの未来の不安感の元(もと)は、『(皆さんが)闇のお金に支配されているから、不安になる』のです。闇のお金に支配されないようになったら、未来の不安はなくなって、そんなこと(未来)を知りたいと思わないようになります。愉しく生きていけます。地球上の人はみんな不安です。でも、わたしは何の不安もないし、“おもしろいな”と思って世界をみています。それだけで君、『精神学をやっていて、よかったな』と思いませんか?

 

何田:私もそれは思います。精神学で、人生と未来の不安がなくなりました。

 

:何田さん、わたしが何をおもしろがって世界をみているか? というとね、本当に、わたしが生きている間に最後の審判がみられるんだ! ということなのです。わたしが(積先生をつかさどる存在様から)教えられたことが現実になっていくので、ああ、やっぱりそうなるんだと、実感しています。

 

能登:積先生は、積先生をつかさどる存在様から指示されたことを、素直に実行されてこられたのですか? 人間ごとの葛藤(かっとう)は、なかったのですか?

 

:人間ごとの葛藤をもったら、潰される(つぶされる)ことを一番先に教えられました。

 

能登:それを先に、積先生をつかさどる存在様からいわれたのですか?

 

:いわれたのではないです。強烈な試練(きょうれつなしれん)が、続いたのです。

 

能登:積先生の経験値を聞くだけで、私達の勉強になるから、ありがたいですね。

 

何田:積先生のお言葉(お話し)も最初のシンロジー・マガジン掲載の『神を超えよ!仏を超えよ! 積哲夫の言葉』から通算二百二十八回になりました。初めの第一部七十一回分は、書籍とか電子ブックかにすればいいでしょうか?

 

:時がきたら、紙の本にすればいいと思います。何田さんとわたしの対談の第一部は、わたしの知り合いのしらさわさんの出版社さんに依頼してあります。誤字脱字をチェックして、校正してください。あの内容は、現在でも初めての人が読めば、とても勉強になると思います。

 

何田:わかりました。ご配慮をいただきまして、ありがとうございます。感謝いたします。

 

:前の(神を超えよ!仏を超えよ!積哲夫の言葉)内容は、何田さんみたいな宗教中毒の二十世紀型の人間にとっては、あのアホな質問に価値があるのです。ははは。

 

何田:えっ、そうなのですか? 皆様のお役に立つことができるなら、とても嬉しい限りです。ありがとうございます。

積先生的には、最後の審判も、最後の一厘も、スケジュール通りに進んでいるということでしょうか?

 

:わたしのタイムスケジュールは、『二千二十二年に“おふだ”は作れなくなります』と、一番最初に(積先生をつかさどる存在様から)伝えられて、完全にそれ(スケジュール)に対応しています。今年は二千二十一年です。来年二千二十二年ですね。わたし的にいえば、ひと時と、ふた時と、半時の間です。

千九百九十一年九月リンゴ台風で日本中の神社が壊れて、次の十年後二千一年九月十一日アメリカ同時多発テロ事件のツインタワーの崩壊、次の十年後二千十一年三月十一日に東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)がありました。次の十年後は今年の二千二十一年です。あと半時、あと五年ですね。あと五年くらいは、わたしは生きているでしょう。

 

何田:あと五年というのは、いつから数えてでしょうか?

 

:二千二十二年から数えて五年。それが最後のタイミングで、その五年くらいの間に、『おお、本当に地球で、最後の審判が起こっているぞ! 』といって、おもしろがるというのが、わたしのこの世でのスケジュールです。